リンゴの白い花が信州を旅したのは19の秋。初めて松本駅に降り立ったときの凛とした冷気は忘れられない。深々と霧が立ち込める美ヶ原を歩いたものだ。そのとき
リンゴの紅い実が生っているのを初めて見たのだった。なんとかわいいのだろう。それは道端にぽつんと立っている一本のリンゴの木だったのだが、誰に採られることもないらしく、たわわにみのっていた。
それからというもの、リンゴの花が咲く季節にまた、信州を旅したいと思い続けてきたが、この歳になるまでその機会にはめぐまれていない。
おととしの今頃のこと、園芸店でリンゴの木を見かけた。三割引で660円也。王林とつがる。植える所もろくにないのにと思いながらも買わずにはおれなかった。実なんかならなくてもいい、花さへ咲いてくれれば、、、。そんな気持ちだった。
ひょろ~んと長いだけの苗木を持ち帰り早速植えた。狭くて日当たりのよくない場所しかなかった。そして今年、五月にはいってすぐ、そのうちの一本(それはちょっとは日当たりのましな方の木だったのだが)にたくさんのつぼみがついているのを見た。
数えたら全部で40個もあった。リンゴのつぼみは初めは紅い球体だった。ほころびはじめるとだんだん薄紅いろ、そして開ききるとほとんど白くなってきた。私は木村さんのようにリンゴの木に声をかけた。
「リンゴの木さん、花を咲かせてくれてありがとう。来年もまた花を咲かせてねー」 さすがに実をならせてねー、とまでは言えなかった。
木村さんとは世界で初めて無農薬、無肥料でのリンゴの栽培に挑戦した人である。農薬で作ると言われるくらい、リンゴの栽培にはきめ細かな農薬散布を必要とするそうだ。『防除暦』というのがあってそれにしたがってせっせと農薬を撒くのである。そうしないとリンゴは病害虫に負けて立派なリンゴを生産できなくなるのだ。
通常は春先のリンゴの発芽前から農薬の散布が始まり、秋の収穫期の約半年の間に十数回の農薬を散布するそうだが、木村さんはその一切をやめてしまったのだった。
木村さんが「枯れないで
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