林郁夫『オウムと私』 ★★★★☆

多数の犠牲者を出した事件の全貌を明らかにした本のレビューに、★の数をもって「おもしろい・おもしろくない」という感想は不適切なのかもしれない。しかし、本書に心を揺さぶられた内容があったこととその感想については記しておきたい。

著者の林郁夫氏は、周知のとおり、オウム真理教の幹部「治療省大臣」であり、地下鉄サリン散布事件の実行犯だった人物だ。犯行後、当初死刑は免れないと見られていたが、捜査への協力的な態度や、事件の全貌を明らかにした自供内容の重要性と、被害者および遺族に対する改悛の態度などから、検察側からは異例ともいえる求刑減刑が行われ、結果的に無期懲役が確定した。

本書は、その被告である林氏が、獄中にて半生をふりかえった書である。生まれ育った家庭環境から、幼少時にどのような思考を経て医師として身を立て、また新興宗教に傾倒し人生と家族もろとも捧げてゆき犯罪に身を投じるまでの過程が克明に吐き出されている。

犯罪のみならず、非常識とされる行為があったときに「親の顔が見たい」という表現は、一般的だ。人は自分に理解できない事象を目の当たりしたとき、それは「自分とは異なる環境で育ったからにちがいない」と決め付ける。

しかし、本書を読む限りにおいて、林氏の幼少からの環境で登場する両親の姿は、まっとうすぎるほどまっとうだ。甘やかしすぎないよう注意を払いつつ、社会に適合し役割を果たせるよう懸命に育もうとした片鱗が、そこかしこからうかがえる。一方で、息子自身が歩んだ人生は、そのありふれた両親の願いはもちろん、本人が意図した道とも結果的に反するものだった。

この本で心境を吐露するのは、世のため人のためを真摯に追求しようとした挙句に、「まずは自分が解脱しなければいけない」といつしか道からズレ、踏み外した「真面目すぎた」人物だ。皮肉なことにそうした彼の「足元しか見ようとせずに歩みつづけた」人生とその罪は、本文内容よりもむしろ、病的なほど几帳面かつ誠実に過去を振り返ろうとする著者の姿勢からうかがい知ることができる。

もちろん、獄中記という性質上、自己弁護的な性質をさっぴいて読まねばならない部分もあるだろう。その上でなお、この人の歩んだ人生と、それを狂わせた集団のかもし出す異様な空間について、我々はそれを「異質なもの」として片付けるのではなく、どこか身近なものとして考えるべきなのかもしれない。犠牲者への思いも含めて、読後、やるせない哀しさだけが残った作品だった。

書籍・雑誌
2008/05/17




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