夢は荒野を駆け巡る昨日、高校の担任がなくなったと聞きました。
中高6年間で、その先生には通算3年お世話になった、一番なじみのある先生でした。
◆◆◆
女子校の中の、本当に数少ない男性教師で、
いつも化学準備室で所在なさげにタバコをふかしていて、
このストレス環境は健康にはよくないだろうなと思いながら、
当時は長生きしてくれそうな気がしていました。
もう何年も会っていないけれど、いつか同窓会かなにかであって
「北村はいまなにしてるんだっけ?」
と聞かれ、設計をしていると答えたら、
「じゃあ、安くしてくれるなら、別荘でもつくってもらおうかなあ。
でも、北村が設計するんじゃちょっと不安だなあ。」
「いやいやいや!!大丈夫ですから!」
と、冗談まじりのゆる〜い会話をしそうな気がしていました。
ほとんど、家庭科の実習でつくった料理をあげる時と同じくらいの反応で。(あげた覚えはないけれど。)
それはもう、声まで想像できるほどに。
(同級生の何人かは賛同してくれるでしょう。)
◆◆◆
もう何年も会っていなくても、
いつかきっと会って、まるで昨日会ったかのように会話できるはずの人がいなくなることは、
身を割くような痛みではないにしろ、やはり鉛でも食べたように息苦しい。
きっと、自分は自分が思っている以上に、
「今はあっていないけれど、いつかきっと会って、気持ちのいい会話ができるだろう」古い知り合いの存在にささえられて毎日をすごしているのだろうと思います。
とにかく、もう、私がどこでどんな仕事をしても、誰と結婚しても、報告しようと思う先生は中高にはいなくなってしまいました。
◆◆◆
先生が亡くなった次の日、私はハムステッド・ヒースというヒースの丘にいました。
1日、休日出勤の代休がもらえたので、
親に「どっかいく?」と聞いたら、
ロマンチッカーの母親のリクエストが
「イギリスに来たからには、『嵐が丘』に出てくるみたいなヒースの丘が見てみたい」だったので。
さすがにヨークシャーまでいけるかい、と思ったので、近場でハムステッド・ヒースにしました。
◆◆◆
ハムステッドといえば、建築学科なら、アンウィンとパーカーのハムステッド田園都市郊外を思い出すと思いますが、実際、閑静な住宅街です。
距離的にも、いわばロンドンの田園調布。
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