スリランカ通信(20)   「月の中のウサギ」

 日本のお月さまの中ではウサギが餅つきをしていることになっているが、スリランカのお月さまの中ではウサギが座っているのだそうである。いずれにしても、日本でもスリランカでもお月さまの中にウサギを見ていたというのは面白い。
 スリランカでは満月の日(29日から30日ごとにやってくる)はポーヤ・ディと呼ばれて国民の休日になっている。多くのシンハラ人はお寺へ参拝に行く。

「むかし、むかし、ウサギとサルとカワウソの三匹が川のそばの森に住んでいました。」で始まるスリランカの民話がある。「月の中のウサギ」だ。あらすじを紹介しよう。
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 三匹は他の動物と同じように、一日中食べ物をさがしまわっている。夕方になると川岸に座って、一日の出来事を話し合うのが習慣になっていた。三匹の中で賢く性格の良いのはウサギだった。このウサギは自分の生き方を教えようとしていた。サルとカワウソはウサギの素晴らしさを知っていたのでウサギのいうとおりにしてきた。三匹はポーヤ・ディの教えを守ってその日は殺生しなかった。その前日までにカワウソは魚を、サルは蜂の巣をウサギは草を数本、準備するようにしていた。ウサギは言った。
「欲している人に何かを与えるのは良いことです。少なくともポーヤ・ディにはそうしなくてはなりません。」
カワウソが言った。
「もし今日誰かが来たらわたしの魚をあげよう。」
サルも言った。
「もし今日誰かが来たらわたしの蜂の巣をあげよう。」
しかし、ウサギは悲しくなった。自分には草の葉しかない。誰が葉っぱなど欲しがるだろう。与えるものがない。ウサギは言った。
「人間はわたしの肉が好きだからお腹をすかせた人が来たら私の肉を焼いてあげよう。」
カワウソとサルはふるえあがり泣いて反対したが、ウサギの決心は揺るがなかった。
 あるポーヤの日、ひもじそうな老人が川のそばにやってきた。サルは蜂の巣を与えた。カワウソは魚を与えた。しかし老人は言った。
「私はまだお腹がすいています。もっと私にくれるものはないですか。」
ウサギがついに前に出て言った。
「私たちにはもうこれ以上さし上げるものはありません。でも、わたしの肉をあげることはできます。どうぞ、私を焼いてください。」
それから、サルとカワウソに近づいて言った。
「私のことを悲しまないで。私たちはいつか死にます。私たちは一緒に教えを守りました。たくさん良い行いもしました。私がいなくなっても良い行いを続けて幸せになってください。」
 ウサギが火の中に飛び込んだ瞬間、老人がウサギを腕の中に抱きとめた。それから川の中の長い葦を折り取って、ウサギを

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旅行・地域
2009/06/15




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