金達寿著「日本の中の朝鮮文化」を読む

  かねてより、おかしいな、おかしいなと思い続けていた。

  週末、自家用車を運転して、関東のあちこちのゴルフ場に行く機会が多いのだけれど、郊外の、その地名標識を眺めながら、「これって、どう考えても日本語じゃないよなあ」と思うことが結構多かったのである。

  たとえば埼玉県にある嵐山GCに行くときには、東松山でICを下りて、新郷を左折、唐子、上唐子を曲がるのだが、「唐子」というのはどう考えても日本の地名ではない。というか、この地名が生まれた時に、この地域は、明らかに半島や大陸から訪れた人々の居住地域だったに違いない、と思われるのである。

  あるいは、五日市CCに行く際には、「あきるの市」を通過する。この「あきるの」というのも絶対に日本語ではない、と思った。住居表示は平仮名で「あきるの」だが、近くにある神社は「阿伎留神社」と表記する。音を聞くだけで、日本語じゃないなあ、と思わざるをえない。

  あるいは、千葉で「酒々井」という地名が「しすい」と発音するのだと知って、これも日本語としては奇異な読み方だと直感した。

  しかし、関東圏のこんな田舎に渡来人が住んでいた、というのも妙な話であるなあとも思い、自分のそんな推測を打ち消し、以後そう考えたことさえもすっかり忘れていた。

  ところが最近、古本屋さんで「日本の中の朝鮮文化」(金達寿著 講談社 昭和45年刊)という本を見つけて読んだところ、先に書いた自分の直感が正しかったことを知って驚いた。しかも同書には「唐子」「あきるの」の地名が半島からの渡来人の居住地域であったと明言されているのである。たとえば埼玉県の「唐子」については、

<(・・・・・)河田楨『武蔵野の歴史』にこう書かれている。
   唐子という地名は七世紀に遡る帰化人の末に関係があり、朝鮮式の横穴古墳の存在もある。

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書籍・雑誌
2009/05/18




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