総理の器 -- 鳩山由紀夫 (党首討論に思う)

 今日、NHKの党首討論を始めから終わりまで47分見た。

 今回は何か”堪能した”という感じかも知れない。

 あれこそが、今、国民が求めている「希望の光」だったのかも知れない。

 多くの人は、民主党鳩山由紀夫党首の弁舌に聞き入り、大きく心を動かされたことだろう。

 何しろ、口が立つ。

 前から口が立ち、声が通る政治家だとは思っていたが、今日の鳩山氏は特に凄かった。

 郵政、社会保障、財源と、麻生総理の質問に対し、適切な答えをするだけでなく更に政府与党に対する批判で切り返す。

 あれは相手の話を聞き、内容を瞬時に精査し、相手の論理の破綻を突いていくという高等な討論術だと思う。

 そして、話が進むごとにどんどん相手の陣地に攻め込んでいく。

 本番であのスピードでそれが出来るとは大したものだ。

 攻め込まれた方の麻生総理は、うろたえを隠せず、自分の言葉で喋った部分とペーパー棒読みの部分が混然とし、鳩山と噛み合わないように噛み合わないようにと言う意図ばかりが目立ち、自分で自ら破綻して行ったように見えた。

 今回の討論の中で、一番心に残った言葉は、鳩山氏の

 「人の命よりも財源の方が大事かなぁ・・・」と、

 鬼の首を取ったかのように「財源」という言葉を振りかざしてきた麻生総理に対して発せられた言葉である。

 そこに鳩山氏が普段から訴える「友愛の精神」という言葉が見事にシンクロする。

 今の日本の国政に欠けているものはこういうことなのだ。

 小泉以降、未来に借金を残してはいけないという美辞麗句で国民を誘導し、痛みを伴う改革が断行され、バッサバッサと冷酷に切り捨てられて来た多くの予算がある。

 そこにあるのは銭勘定だけで、痛み苦しむ国民に情けは決して掛けられることはなかった。

 その結果、救急車は来ないは、受け入れる救急病院はないは、安心して子供を産める病院はないは、数年前までは考えられなかったような事態が起きている。

 その間、決して少なくない数の国民が命を落としてきた。

 それを現自公政権は見殺しにしてきたということなのだ。

 自殺者にしてもそうだ。

 特に今日は酷かった。

 麻生総理は、「毎年、毎年って言うけれど、バブルの頃はそんなに死んでいない」と軽口を叩くように国民の死を口にした。

 この世で苦しみ、死ぬところまで追い詰められた日本国民が気の毒だという一片の同情心も持ち合わせてい

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経済・政治・国際
2009/06/18




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