聖人?んなヤツほんとにいるのかよ。今日からこのブログをスタートすることにしたsousiって者だ。
以後よろしくを通り越してコトヨロ。
まぁ、大まかなこのブログの趣旨に関してはプロフィールでもみてくれや。
バーっと説明するのも正直面倒。あー面倒。はい面倒。というわけでいくぜ。
さて、記念すべき第一回目の逸話はジョエル・H・メトカーフって人の作品の改正版からチョイスだ。
まぁ、この話は簡単にいうと本当の聖人ってどんなヤツよって話だな。
聖なる人。俺の考えとは逸脱した存在だが、一例として捕らえてくれればいいと、正直思っている。
■■●
むかし、ある洞窟に隠者が暮らしていました。
草木の根を食べ、寝る間も惜しみ祈りを捧げ、聖書を読んでは更に祈り。
祈り・断食・寝ずの行こそが聖者への近道。そう信じて疑いませんでした。
あるとき思いました。「自分はどれだけ聖人に近づいたのだろう」
隠者は祈りました。「神様、自分より神聖さを持ち合わせた者に合わせてください」
天使は言いました。「明日ここから一番近い街で道化師に合いなさい、毎日手品や漫才など行っています。」
自分より神聖な聖者はいないと思っていた隠者は自尊心が傷つきました。
翌日、隠者は街へ出ました。
天使の言ったとおり、街では道化師が手品や漫才やなんやら披露しており、終わると帽子を脱ぎ、小銭の施しを受けていました。
隠者は罵りましたが、天使の言ったことだからと道化師に尋ねました。
「お前はどのような善行を行い祈りをささげ欲を絶ったのか」と
すると道化師は言いました。
「ご冗談を、私は祈り方を忘れ善行など身に覚えはありません」
「ただ一つ、昔話をすると私は以前お金持ちでした、父の遺産を譲り受け。不自由無き生活を送っていたある日、近所で女性が倒れているではありませんか。どうしたのかたずねると、借金のかたに父、子を連れていかれ、今借金取りから自分も奴隷にされかかったのを逃げてきたそうです。」
「そういう事情であれば、私にできることは一つです。父子母の自由を買うしかありません。私は全財産はたいて買いました。おかげで貧乏になりましたが。”あの場では誰もがそうしたと思ったので”、いまや忘れかけていた昔話ですけどね。」
隠者はその昔話に出て忘れかけていたたった一度の所業が、この者を聖者へと近づけたと確信しました。
「たとえこの道化師が忘れても、その所業は神がしっかりと覚えているのだ」
私のやってきたことは自己満足に過ぎなかったのではないか。そう考えるようになり、隠者は祈るときに誰かの役に立てますようにと祈りまし
(1/3) 次»
コメント(0)|コメントを書く
カテゴリー一覧
最近のコメント
このブログを友達に教える