元祖「怪童」は中西
今の流行は癒やし系のようで、高校野球の人気者が「ハンカチ王子」と呼ばれたりする。かつては太田幸司(三沢)の「幸ちゃん」という優しい愛称もあったが、王子様扱いまでのものはなかった。
昔のニックネームは力強い。中西太三塁手(高松一)が「怪童」と呼ばれ、高い評価をされたのは第33回大会。岡山東(現岡山東商)との初戦で左中間を破るランニング本塁打。続く福島商戦でも、今度は右中間へ二試合連続のランニング本塁打を放った。コロコロした体形だったが、かなりの俊足。今も本人の自慢話に登場するから、本当に速かったようだ。
この2本の本塁打とは別に、準々決勝の芦屋戦では痛烈なライナーの一撃に捕球した二塁手が後方に転倒したという話もある。「怪童」の命名者は「学生野球の父」と慕われた飛田穂洲さんと伝えられ、中西太さんも「新聞社の偉い人が付けてくれた」と気に入っている。
▽2代目は剛球の尾崎
初代の「怪童」が誕生してから、10年後に2代目が登場した。浪商(現大体大浪商高)の尾崎行雄投手で、戦後の高校野球では「最も速い球を投げていた」と評価する人が多い。
2年生だった第43回大会で優勝投手。ライバル法政二の柴田勲(後に巨人)に投げ勝った。浪商を中退して東映に入団。17歳で20勝を記録し新人王を獲得、怪童の面目を示している。甲子園で活躍したときは175㌢、74㌔。大きくはないが、厚い胸としっかりした腰回りで力勝負の速球を投じた。
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