内臓病気や怪我をして表面上に悪いところが見えていると周囲の人は気が付いてくれ、配慮し労わってもくれます。
しかし内臓の病気の場合は本人もですが、見えないだけに周囲も気が付かないことが多いのです。
したがって気が付いたときには手遅れになっていたり、本人は治療をしていてしんどい思いをしているのに周囲はそれを理解してくれない場合があります。
人を理解しようとするときには見えるところだけではなく、見えないところをどう分からせていただけるかがより大切になってくると思うのです。
神様も同じで、見えないからこそこうやって生かされていることの事実からそのお働きを分からせて頂き御礼を申していかなければならないのです。
目に見えない肺や胃、脳といった私達の体は自分の意思とは関係なく神様のお働きによって動いているのですからね。
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