「認識の甘さ」

最近はなくなってきたけど、
これまで、誰かに何かを誘われたときに、
「足が悪いからやめときます」と、答えてきたことがたくさんある。
実際にはできるのに、めんどくさがってそう答えてる。

本当にできそうにないものは、まず誘われない。
どういう時にそう答えていたかというと、
”不要・無意味な集団行動等を理由を言わず断りたい時”に
非常に役に立つし、便利に活用できる。

相手が楽しみにしていることや大切に思うことを
”参加できるけど不要・無意味だからやりたくない”
なんて言いたくなかった。



そして、つい最近、
「足が悪いからやめときます」と答えている夢を見た。
そう答えるのが、体に馴染むというか無意識に馴染んでいる。
自分はまだまだ必要としている。

…でも、夢で言ったあと、「あ~あ」って思っていた。
この便利なツールにがっかりしている??
この便利なツールを手放したがっている??



ちゃんとまじめに考えてみれば、
どうして不要と思ったのか、そう感じられたのか。
それをちゃんと考えて相手に伝えられるなら、
それを伝えればいい。

どうしてそれを伝えたがらないのかというと、
相手が楽しみにしていることなどを悪く言いたくないだけでなく、
深く考えるのは疲れるしめんどくさいから。
つまり、認識が甘くても大丈夫だから。

あと、自分の言った言葉が悪くなるかどうかは、表現力次第。
後は、相手が悪く思うかどうかは相手に任せるべき。

 

そして気付いた。

”便利なツール”の本当の姿は、
”認識が甘くても問題なく、
 自分を表現する必要もなく、
 すいすい世の中を渡っていける魔法の杖”。

でもそれは、
物事をもっと深く認識して、
自分の考えをもっと表現力を持って伝えられたら、
逆に足枷になってくる。

このような”魔法の杖 兼 足枷”は、
まだまだたくさん意識の中に潜んでいて、
一つ一つ自分で見つけていくしかない。
…先が長すぎる。。

見つけた時に”魔法の杖”と思うか、”足枷”と思うのかは、
自分が「こうしたい、こうなりたい」という意識によって異なってくる。

必ず自分のレベルに合ったツールとなって、手に入る。
足枷と解っていても、手放せないツールもたくさんある

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2009/03/27




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