青春ゾンビアワー 日本ではゾンビのうち七割がブルーカラーだ。
彼らの朝は早い。太陽が低く、世間の大半がまだ日陰の中にある時分から、職人たちは現場に姿を現す。そして軽い冗談などを交わして笑い、腐った歯茎から汚い汁などを大量にこぼしながら、ぼちぼち仕事の準備を始めている。
こうした毎日の見慣れた光景に欠かせないBGMが、ラジオの音声だ。
彼らのうち、現場に一番乗りした若者が、たいていはラジオのスイッチを入れた。すると聞こえてくるのは、いつも決まって爽やかなDJのお喋りだった。
ラジオのチューニングは、必ず同じ放送局に合わせてあった。これは一日中変えられることはない。いわば職人たちにとって暗黙の了解である。彼らは変化を
好まない。今日が昨日と同じ一日であること、それだけが、つねに危険と隣り合わせの仕事に従事するブルーカラーたちの願いなのだ。
ラジオは、はじめは遠慮がちに小声で呟いている。そこへヴェテランの小松さんが現れてボリュームを上げる。それがいつもの決まりだ。するとラジオは、まるで公園で首輪のロープを外された犬のように嬉々として声をはずませた。
「……次の曲は柏市のヨダマサルさんからのリクエストです。ポールモーリア・オーケストラで『恋はみずいろ』」
「柴田コースケの青春ゾンビ・アワー」というその番組は、ブルーカラーたちの間で絶大な人気を誇っていた。DJの柴田コースケは、今時の浮ついた若者では
なく、人生の辛酸をなめつくした初老の男だった。時々、マイクにぽたぽたと垂れる腐汁の音が、彼のお喋りに独特なテンポをもたらしている。彼は巧みに世相
への風刺を盛り込んだ話が得意だが、それは決して誰かを不快にさせるような偏りを持っておらず、普遍的なユーモアを獲得していた。まじめ腐った政治批判
や、度の過ぎたブラックユーモアなどによって、現場の人々を不安に陥れるようなことがない。見事に計算された喋りによって、彼は現在の地位を築いたのだ。
たとえば「最近起きた企業連続爆破事件」について彼が語るとしよう。彼はまず、事実だけを簡潔に述べる。しかるのちに、ごく短くコメントをつけ加える。もちろん「物騒な事件ですね」など、誰もが納得できるコメントだ。
もしも悲惨な事件の話だけを垂れ流し、その後にDJのコメントが加えられなかった場合、ラジオの前のブルーカラーはたちまち不安に襲われてしまう。かと
いって、長々と本質的な論評が始まったのではたまらない。仕事中にも関わらず、全員が居眠りを始めるだろう。そこで彼は、短くて絶妙なコメントを述べるの
だ。「物騒な事件ですね」。
「たしかに、物騒な事件だ」。ゾンビたちは、一瞬仕事の手を休めて、ラジオのスピーカーに向かってうなずくだろう。その時、すで
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