愛しの車
このところ、毎日のように通っている実家の母の家の車庫。
紺色のクラウンは父の車だった。年が明ければもう5年になる。父が亡くなってからも母は思い出深い父の車を車庫から無くすことが出来ずに車検をし、時たま私に、郊外へ遠出する時、買い物する時、父の月命日にお寺に行く時、動かして欲しいと頼む。大きくて重い車だ。亡くなる前の数年間は父はもう車を運転することが出来なくなっていたけれど、この車は父が母を乗せて、北陸や京都の方まで数日かけて観光して歩いた車だ。車を処分すると思い出までなくなりそうで、母は手放せないのだろう。
隣に入れたグレーの車は私の車。もう12年も乗っているマツダのファミリア、36000キロしか走っていない。無駄なようだけれど・・・私には必要な車。私のほっとする自由時間の象徴のような車。音楽をかけ、山々を見ながら走る時間はかけがえのない時間だったが、オーディオ部分がもうダメになって、音楽が聴けなくなった。それでもやはり、私にとっては愛しの車。泣きながら母の所から帰ったり、心が解放される至福の時間を過ごしたり、良い事も悪いことも見てきた車。もう少し乗りたいと思っている。
今年還暦を迎えた夫は赤いチャンチャンコの代わりに
と
赤い車に買い換えた。マツダのスポー
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