目に見えないものも作れるmake

昨日は日中、Tシャツ一枚でも心地よく過ごせる、初夏を思わせるような陽気に見舞われました。そこで急きょ、親戚の家にお邪魔し、藤の花を見る会を催すことになりました。ちょうどお昼ということもあり、スーパーで特売の寿司を買い、良い場所に縁台を置き、寿司を食しながらの藤見会となりました。

実は親戚の家の庭に植えてある木が藤であることに、30年間生きてきて初めて知った私は、そのブドウに似た美しい形状に心打たれ、素晴らしい香りに包まれながら、ゆっくりと流れる時間を堪能しました、、、と言えば格好いいのでしょうが、本当は寿司をバクバクとほおばりながら、親戚の叔母と祖母と他愛のない話でわいわいと騒いでいました。

まあなんと言いましても、お日様の暖かな光を浴びて、日曜日のお昼を気持ちよく家族とともに過ごせるのは幸せなことです。20代のころまでは、公園や庭で食事をすることに、 まったくと言っていいほど何も感じることはなかったのですが、30歳を過ぎて、自分に与えられた時間があとどれほどあるのだろうと考え始めると、見えるものや感じ方が変わってくるのでしょうか、1つ1つのことに対してありがたく感じ、瞬間瞬間を大切にしたいという思いが強くなっていく感じがします。

さて本日は、「make」を少し考えてみたいと思います。make と言えば中学でも初期のころに習う必須単語の1つですね。後期になると、「使役動詞」という形で再登場します。通常「~を作る」という意味で使われるこの単語ですが、実は英語ならではの表現でも非常に頻繁に使用されます。それではまず下記の表現をご覧くださいませ。

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2009/04/20




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