White Brief白いブリーフである。
今日は少々長いが、お付き合い願いたい。
近年、トランクスやボクサーパンツが幅を利かせ、めっきりその数を減らしているという。なんでも、ブツを包み込む窮屈さや、汚れの目立ちやすさが敬遠される理由なのだとか。
しかしちょっと待って欲しい。白いブリーフには硬派な男らしさがある。いや、ブリーフを履く者こそが漢なのだ。
その窮屈な締め付け感は、不適切な場面で不適切な男の変化をもたらさない、寡黙な自制心と強さの象徴であり、前部にシミを作らない気遣いは、キレの力強さと愚直なまでの優しさの現れなのである。
むろん、長い歴戦によってシミも出来るだろう。しかし、それとて言い訳無用の潔さの証ではないか。ブリーフ、それはまさに人生を映し出す鏡なのだ。
勘のいい人であれば、ここで誰かに似ていると気付くだろう。
そう…男の中の男、
高倉健である。
黙して語らず、慈愛と厳しさが同居する眼差しに、生き様を映すその背中。まさしくブリーフは、下着界の高倉健なのである。
恐らく高倉健自身も普段から白いブリーフを身につけ、映画「鉄道員」ではクランクインと同時に、サラのブリーフをおろしたであろう事は想像に難くない。
もしそれがトランクスであったなら、雪の舞い散る幌舞駅のホームで最後を迎えることもなく、国鉄解体後JR北海道で定年を迎えた事だろう。なんともぬるい。
はたまた南極でバンゲリスのBGMが流れる中、タロー!ジロー!と叫ぶことも、夕張で倍賞千恵子が黄色いハンカチをぶら下げて待つ事も無かったはずだ。壮絶な負け組である。
なにより、楽屋に助監督が呼びに行った時、もし天下の高倉健がトランクス姿であったなら、どうだろう?しかも今まさに着替え中であったなら…。
これは気まずい。どちらも非常に気まずい。高倉健も動転し、慌ててパンツを脱ぎ出すかもしれない。あろうことかゴムに足をとられて転んでしまいかねない。いきおい撮影現場は大混乱に陥る。
そんな時ブリーフであれば、不測の事態だけは避けられるはずだ。万が一ゴムに足をとられようとも、おっとっと…と踏み止まり、そしてうつむき加減で一言こう言うだろう。
「不器用ですから…」
これはかっこいい。シビれそうだ。自分で書いてて、ますますファンになってしまった。
生き方そのものがカタルシス。そして滲み出るダンディズム。
そんなかっこいい男になりたければ、白いブリーフを履け!これが結論である。
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