古典の底力・その12

七夕が近いので「枕草子」で清少納言がなにか七夕について書いていないだろうかと調べてみたら、七段(新日本古典文学大系の章段による)にこんな箇所があった。

七月七日は、くもり暮らして、夕がたは晴 (はれ) たる。空に月いとあかく、星の数も見へたる。

七夕の日は、日中は曇り空でだいじょうぶだろうかと気をもませて、星の時刻には晴れるというのが趣がある。空に月が明るく、星の数は減るがはっきりと数えられるのも趣深い。というような内容である。いかにもという感じがする。

最近では夜でも照明の光で明るいため天の河がぼんやりとしか見えない。海や山へ行けば降るような天の河が見えるのかもしれないが、里ではこころもとない。

「伊勢物語」八十二段(章段数は同上大系による)にも七夕を題材にした歌のやりとりがあったなと思ったが、確認してみたらこれは七夕の日の話ではなかった。「天の河」と呼ばれる川のほとりにやってきたところでその川の名前にちなんで歌を詠めと惟喬親王(これたかのみこ)から言われた右馬頭(うまのかみ)在原業平が
   狩り暮らし棚機つ女(たなばたつめ)に宿からむ天の河原に我は来にけり
と詠む。惟喬親王は返しが出来ず、紀有常が代わって
   一年(ひととせ)にひとたび来ます君まてば宿かす人もあらじとぞ思(おもふ)
と返しを詠む。

一日中狩りをして日を暮らし、今夜は棚機さまに宿を借りるとしましょう、幸い私は天の河のほとりに来てしまっているので。いやいや、棚機さまは一年に一度だけ通っていらっしゃる彦星を待っているのですから、その方以外に宿を貸すことはあるまいと

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古典の底力
2009/07/03




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