285 フリルのついた暴力

            
 よくミクシィとかの悩み事相談で、相談者が文章の中で絵文字を多用していたりすると、「絵文字がいっぱいで、本当に悩んでいるのか疑問に思います」とご立腹の様子を露にする人たちがいるけど、私は、そういうの(困っている時においても絵文字を使わずにいられない人)は気にならない。
 だってそれは、自分自身や他者に対するエクスキューズだと思うし、それによって武装せずに(身を守らずに)いられない彼女のことを気の毒に思うから。

 こんなことを思ったのは、今日、スーパーにて「乙女にはフリルが必要なんだな」と感じた瞬間があったから。
 
 買い物をし、レジに並び、店員さん(品の良い50代くらいの女性)がレジを打った。
 カードで会計を済ませ、かごを運ぼうとしたら店員さんが「はっ!」という顔をして、見ると、ふりかけを二つ、打ち忘れていた。
 こんなこと、まったく気にならないのだが、その後店員さんは、申し訳なさそうな顔をしながらも、高音で、「すみませーんup○○円でーすup○○円のお返しでーすupありがとうございましたーnote」と語尾をのばす癖を保ったままで、その「高音&語尾をのばす」乙女ぶりが気に障ってしまった。
 絵文字を多用するのは若者ばかりではなく、女はいくつになっても、乙女にすがろうとする。
 乙女はなんらかのフリルで武装し、身を守ろうとする。

 私はまず、物質としてのフリルというものに対し幼い頃から嫌悪してきて、そういうファッションは大嫌い(注:フリルのファッションが嫌いという意味ではないです。自分がフリルを身に着けることが嫌いということです)。
 そして、精神としてのフリル、わかりやすい例で言えば「社交辞令」も大嫌い。
 タイトルの「フリルのついた暴力」というのは、大好きな岡崎京子のマンガ『pink』に出てくるハルヲくんが言うセリフである。好きでもない女の子がハルヲくんの家で掃除して洗濯して夕食を作って帰った後、こぼれた言葉。

 「どーして女は こーゆーフリルのついたボーリョク平気で使うんだろ?」

 このセリフには、深くうなずいてしまった。
 女が発信することにはフリルのついた暴力が多々含まれている。
 例えば、体調が悪かったり、なにか失敗して、放っておいて欲しい時に、「大丈夫ぅ?~~しようか?それとも、~~しようか?」と過剰に心配するのはフリルのついた暴力だと思う。
 ここで問題なのは、フリルのついた暴力を発している側にとっては、それは迷いのない好意や親切心であり、相手にとって暴力となっていることに気づいていない

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人間ウォッチング
2009/06/26




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