求めたものは・・・?

「求めたものは、何ひとつ得られなかった。しかし、願いはすべて叶った。」

半年ほど前だったか・・・新聞紙上で、その言葉を見た。何の新聞だったか?何について書かれていたのか、記憶にない。ただ、私の心に、その言葉だけが、強烈な印象として残っている。

確か「一無名兵士・・云々」というタイトルだったと思う。知ってる人がいたら、是非教えて欲しい。

私も今まで、いろいろなものを求めて頑張ってきたが、求めるものと、願うものは結局、別物であるということを最近、つくづく思う。

私とさほど年の違わない、ある壮年のお話を聞いたことがある。一流企業に勤務する技術者だ。先天性の小児マヒで、今も歩行は困難なようで、お話も正直言って、聞き取りづらい。若い頃は随分、ご苦労なさったようで「身体さえ普通なら・・・」と恨みに思われたようだが、ある時、(これはもって生まれた宿命だ。ならば、嘆いていても仕方がない。宿命を使命に変えるのだ。)そう考え、それからは、言うに言えない努力を積み重ねられ、現在があるとおっしゃる。

今は穏やかな顔で「こんな身体だからこそ、見えることがある。分かることがある。自分はこんな身体で本当によかったと思う。今は、お父さん、お母さん、自分をこんな身体に生んでくれてありがとうと言いたい気持ちです。」ときっぱり仰る。

このブログで「3年前には10億あったのが、今は5億になってしまった。この不景気で、どこまで減り続けるのだろう」と鬱状態になって、悲観し、自殺した人がいることを書いた。

10億といえば・・・いや1億、それがダメならせめて1000万、小なりといえども事業を営む私にとっては、いつもいつも、求めて、求めて、やまないものである。

しかし求めたお金が手に入って、それで願いが叶うのかといえばそうでもないのかも知れない。

求めるものを、自分の願いを達成する為の手段と考えるところに間違いがあるのかも知れない。

願いというのは自分にとって何なんだろう?と考える時、おおまかに言って、幸せになることなのだろうと思う。それじゃ、どうなれば幸せとといえるのか・・・?

その為には何を求めていけばいいのだろうか?などと考えると、頭は混乱してくる。

還暦を過ぎても、自分自身、まだまだ修行の身と考える。

私にとっての究極の幸せとは・・・?などと、一杯飲みながら考え、酒に酔う前に自分に酔ってみるのもいいものだ。

2008/01/20




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