清涼殿に落雷!菅原の道真の怨霊か?

それ以前から起こっていた数々の悪しき出来事・・・。

人々は、藤原時平の策略によって、大宰府へ左遷され、悲痛の思いを抱いたまま死亡した菅原道真の祟りであると噂し始めます。

醍醐天皇はよほどのショックうを受けたのか、この日から病に臥せってしまいます。

菅原道真(すがわらのみちざね)左遷について【菅原道真は学者じゃない?その策謀的政治手腕】(1月25日参照>>)に書かせたいただきましたので、今日はその雷神として祀られた菅原道真が、なぜ、学問の神様となったのか?というお話を・・・。

『天満宮御伝略記』によると・・・

道真さんは、生前、第一に神を貴び、第二に親孝行して、主君にはよく忠義を尽くし、物を読み、物を書く事を好んだんです。

心正しく素直であったから、神となってからも、忠孝の道を守らない者を憎み、読み書きを嫌う者に恵みを与えてはくれません。

だから、常に親や師の教えを忘れず、主君には大切に勤め、心を正直に持って、読み書きに精を出して、天満宮のお心に

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平安時代 | 怨霊・伝説・昔話・不思議話
2006/06/26




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