土曜日 book 絵ここ最近、澄み切った青空が気持ちよくって、会社近くの川で
とてもキレイとは言えないんですが、日向ぼっこをしながら
お昼を食べています。
蒲田という街からは私は、疲れているときには、さらに淀んだ気分になります。
元気なときには人情を感じ、青空の下でみる人々の姿からは、
好きにやっていながらも、どこか敗北感や寂しさ感じます。
それでもはいつくばっても生きていこう、という竜巻のようなエネルギーも感じます。
そして、駅前のロータリーには、ファンキーな銅像と母と子の銅像が飾られていて、
おもしろい街、と目尻を緩ませるときもあります。
友達から誕生日にプレゼントしてもらった本を読み終えました。
ザーヒル パウロ・コエーリョ
ここに「テングリ」の概念
常に空は澄み切った青空である。
どんなに淀んだ雲がでていても、その上には青空があるんだから、空は常に青だと
思おう、と。
澄みきった青空、地上を作った創造神である。
が、「西の善きテングリ」でもあり、
「東の悪しきテングリ」でもある。
男性神であり、女性神であり、唯一的な存在ではない(Wikipediaより)
性善説だけでは、善は見られないという説はたしかに、と思います。
雨が降るから、虹が見れてきれいだと感じるわけだし、と。
あっ、雨は悪ではないですね、、、、例えが悪い。。。
でも、絶対的な悪に出会った時に、唯一的なものは存在しないからということで。
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