躾社長のブログ「しつけ」を読んで、思い出したことがある。
高校生のときに生まれて初めて訪れた外国、アメリでのロサンジェルスでのこと。
バスの中で、ある光景に目が釘づけになった。それは当時の日本では考えられないことだった。バスの中で若い女性が堂々とお化粧をしていたのだ。ジロジロ見てはいけないと思いつつも、ついつい目がいってしまう。アメリカという国には、こんな人もいるのかと、とてもびっくりした。
のちに、そんな光景を日本でも目にするようになるとは夢にも思わなかった。
ところで、数年に一度訪れるアメリカで、昔と比べて公衆の面前でお化粧する人が増えた様子がないことに気づいた。20年前と比べて、マナーが悪くなったようにも感じられない。社会全体として躾やマナーに対する姿勢は、昔とそれほど変わっていないと思う。
私が高校生のときにアメリカでホームステイした家庭は、整理整頓や姿勢やマナー、公共の場での振舞い、目上の人を敬うことなど、子どもへの躾が厳しかった。そして、それは私が滞在した家に限ったことではなかった。
子ども達は、まず、一流ホテル並のベッドメイキングができるようにならなければならない。それは躾の基本中の基本のようだ。日本の生活でも、重い布団を押入れから出して敷き、シーツをピンとかけて、朝になれば、きちんと畳んで押入れにしまう。これは来る日も来る日も同じことの繰り返しだ。私は子ども頃、ベッドの人は、布団を敷いたり畳んだりの手間暇がかからなくてうらやましいと思っていたことがあったが、とんでもない。ベッドメイキングもかなりの力作業だし、短時間でこなすにはコツも要る。それを毎日繰り返すと、自ずと整理整頓の感覚と力が体にしみこんでゆくのだろう。
アメリカの映画やテレビドラマで、オフィスの受付嬢や事務員などが、ヤスリで爪の手入れをしているシーンを見ることがある。これは、「彼女の頭は空っぽ」ということを表現するシーンだと教えてくれた。そのオフィスが自由で開放的だとか、彼女がおしゃれだということを意味するものではない。そんなシーンの表面だけを、かっこいいと真似てしまったら、知らない間に恥をかくことになる。おそらくきちんと躾が身についている人は、どこの国の人であろうと、電車やバスのなかでお化粧などはしないのだ。
自分が、どれほどの躾を受けて育ってきたか、また、どれほどの品性を備えているかは、案外、周りの人には丸見えなのだろうと思う。暗黙のうちに、総合判断を下されているのだ。それは、言葉を越えて存在する世界共通のものだと思う。
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