木の意思冷たい風の中にピンク色の提灯が揺れていた。
まっすぐに伸びる桜並木の街燈に下げられた提灯。今年もお花見の準備が始まった。空気はまだひんやりとするけれど、もう真冬の冷たさではない。また春がやってくる。日に日に膨らんでゆく桜の蕾は、初めて出会う春を想い、胸をときめかせているのだろうか。
私の住む街には、見事な桜並木が延々と2キロほど続く。桜の季節には、街中がたくさんの人であふれ、いつもなら5分で行ける近所のスーパーマーケットへも、倍以上の時間がかかってしまうほどなので、日中のお花見は避けて早朝にしている。
週末の朝、ちょっと頑張って早起きをする。できれば、太陽が昇りたてのころがいい。
空気はまだ澄んでいるし、人もほとんどいない。朝焼けの光が、淡いピンク色の桜の花を照らす。オレンジ色と桜色が溶け合い、幻想的な風景をかもしだす、ほんのわずかな朝の瞬間。ピンク色の道がどこまでも続き、見上げれば青い空。
静けさの中にあふれる生命力を感じるとき、私の気持ちも春の勢いに乗る。
この静けさを、ときおり可愛らしい声で破るのは鳥たちだ。鳥たちが、咲いたばかりの、きっと甘いであろう桜の蜜をつつく。つつかれた花たちは、くるくると回転しながら、花の形のまま舞い落ちてくる。鳥たちの朝食のあとには、いくつもの花たちが地面に散らかっている。ほんの一瞬、春と出会い消えてゆく花たちは、淡い思い出を残してゆく。
並木の桜たちは、樹齢50年ほどで、そろそろ寿命らしい。それでも、少しでも長く生きてほしいという人間側の希望により、枝に支え木が添えられたり、栄養剤を注射されたり、囲いがされて近づけないようになっている木もある。
おかげで、老木の太い幹のこぶの間から可憐に芽吹く花を愛でて、心洗われることもある。
以前、とても気分が塞いでいたときに、桜の老木に手をあてたら、すーっと気持ちが和らぎ暖かさがこみ上げてきたことがあった。それは、とてもリアルな感覚で、きっと、木がやさしさで包んでくれたに違いないと思った。
木々たちは動かず、語らず、大地に根を張り光を仰ぎ、雨に打たれ、風に吹かれても、鳥たちにつつかれても、そこにじっとしているけれど、それが、ひとつの大きな意思なのかもしれない。気持ちを静めて木々と向き合うとき、心に見えてくる原風景は、どこまでもやさしい。
さて、桜の花に出会うまで、あと少し。私も胸をときめかせて開花を待つことにしよう。
Rie
コメント(0)|コメントを書く
カテゴリー一覧
最近のコメント
このブログを友達に教える