中山前国交大臣発言の何が問題か。ヤフーのコメントを見ていると,中山前大臣発言を肯定するものが多くて唖然とする。
特に日教組批判を肯定しているものが多い。私は日教組を肯定も否定もしない立場であるが,中山前大臣の発言は大阪市長の言にもあるとおり,「中山前大臣の認識は時計が止まったまま」と評したい。
なぜならば,日教組が文部科学省の方針と対立していたのは1989年ごろまでであり,その後の定期大会などでは文科省の役人が来賓として招かれている。つまり,日教組は文科省の「抵抗勢力」ではまったくなくなってしまったのが事実である。
中山前大臣が批判していたような教師たちは1991年に結成した「全教」や「学校合同」のような組合に流れ,日教組は彼らから「へたれ」だの「御用組合」と言われるほどお上に従順な組合になった。
つまり,「教育のガン」と言われるような人々はほとんど日教組には残らなかったのである(とはいえ,いくつかの県や地方によっては反主流派が残っているのは否めない。しかし,あくまで少数である)
したがって中山前大臣の認識は20年近くずれていると言える。
私が問題としたいのは,現状の認識があいまいにも関わらず,平気で論じようとしている態度である。
これは公人であるかどうかということに関係なく,人間として問題である。
批判を受けているのは,あるイデオロギーを支持するかしないかということではなく,事実を正しく認識していない点にあることに気づいていない。
人間としての謙虚さが無い。実に不遜な態度である。
そのように事柄を論じる以前の段階であるのにも関わらず,中山前大臣の発言を支持したり,応援したり,まして「本当の政治家だ」とか,「マスコミの操作だ」とかいう発言を述べたりする輩が少なくないという事態は,言葉は悪いがバカにつける薬はないとはこのことだと思うのである。
教育における問題の原因を教職員組合に求めるというのは,短絡的な思考に他ならない。家族療法でいうと「直線的因果律」である。こういう思考形態をとるときには大抵問題は解決しない。
「円環的因果律」で考えて,様々に原因があったけれども,戦後の教育の中で非常にうまくいったことは何か。より改善できるものは何かを考えた方がよっぽど利がある。
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