広島の旅 ��尾道JR広島方面から、工場地帯の糸崎駅前後を通過すると、海岸線が見え、向島から因島に渡る因島大橋が、目に飛び込んでくる。海岸線の小さな漁港には、幌屋根の付いた小舟が並ぶ。
私は宿を始めて3年になるが、親しい人が一番心配したのは、一カ所に長く住み着くことが出来るのか、無理なのではないかということだった。それぐらい移動というのか、歩き回ってきた。
気に入れば、一カ所に数カ月は当たり前のように、生活の一部にもなっていた。そのことを知っていたからこそ、忠告したのだろう。
そして、ある知人が、今の日本がつまらなくなったのは、日本には旅人がいなくなってしまったのも、一つの原因だと言っていたが、確かに戦前ぐらいまでは、旅人がいたように思う。いつでも帰る場所が存在し、戻ることができる。それは旅ではなく、旅行だという考えかただ。
私は冬期休業して、ブラブラと出かけているのが、宿を続けられている要素なのかもしれない。などと考えながら、電車に乗っていると、電車は尾道駅に近づいてきた。
電車が尾道駅に着くと、山肌が駅の側まで近づいてきているのに、驚かされた。古い駅舎で、改札口の右側に、食堂と書いてある入り口があるので、戸を開けて入ってみると、駅のホーム以外にも、駅構外からも入れるようになっている。目の前にカウンター、があり、カウンターの奥が厨房になっていて、左には手前から奥に、小さなテーブルが二つ並ぶ。その先の厨房と壁の間に、1メーターぐらいの高さで区切られた境があって、そこから先には行けないようになっていた。境の向こう側には、駅構外から入ってくるお客さん用のテーブルが、横に並んでいる。
駅のホームに、カウンターの立ち食いがあり、厨房を挟んで、改札口からでた駅構内にも、カウンターの立ち食いがある駅は、時々見かけるが。このような作りは始めての経験だった。
改札口を抜け、駅構内の観光案内所で、観光資料をもらう。尾道は、江戸時代に瀬戸内海で発達した弁財船(北前船・千石船)の寄港や、石見銀山の積出港として、繁栄したと伝えられている。尾道にゆかりのある作家も多く、映画のロケ地としても知られているこの街を、どのように歩くか悩んでしまった。
海を見ようと思って駅を背にして歩くと、目の前に、川と間違えてしまうぐらいの幅で、泳いでも渡れそうな距離に、陸地がある。あわてて観光地図を見ると、尾道水道と向島だった。
水道沿いを左に歩き、うず潮小路から本通り商店街に入り、右に行くが活気のある商店街ではない。商店街の途中から左に曲がると、国道二号線に突き当たる。国道の向かいの、2メーターぐらいの高さの所を、JRの線路が国道と平行に走っていた。線路の下には、人が通り抜けられるほどのガードがあ
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