技術導入時代から独自研究時代へ

               永井 洋平 (2006.4.24)

ヤマハ(当時日本楽器)が木管楽器製作技術で指導を得たロイ・シーマン氏の息子さんから最近手紙をいただいた。黒枠がありシーマン氏が昨年亡くなったとの報せである。ヤマハ管楽器開発初期の師である彼のご冥福を心からお祈りする。

ヤマハが楽器事業の拡大を狙って浜松地区での管楽器の本格的な生産に踏み切るかどうか経営的判断を行うための仕事をやるように命ぜられたのが1962年夏である。今の会社用語で言えばフィージビリティスタディである。たまたま私が学生時代に続き入社後も会社の吹奏楽団のメンバであったので管楽器について基礎知識、関心があろうということでそのプロジェクトの担当者の第一号に指名された。仕事の進度状況を報告していくうちに2人、3人と仲間が増えて、ついに本格参入のトップ判断が出てからは試作室が新設され15人ほどの職場が誕生した。

どのように商品開発や研究を遂行すべきかが議論され基本戦略としては社員だけで基礎から模索するよりもあるレベルの知識経験を持っている外国の既成技術者から技術指導をしてもらう方針採用された。思えばピアノ製造技術も第2次大戦前にドイツ・ベヒシュタイン社の技術者を招聘して指導を得た歴史がある。管楽器は楽器種類が多いので器種別に複数の人々を1960-70年代に諸国から招聘することになった。当時の高度成長時代初期の日本にはこのような外国からの先行投資的技術導入が全国的に多数提起されそれら申請書類の審査や認可手続きのため通商産業省は大忙しだったと聞く。

さて私はこれら技術指導に来社した外国人技能者・技術者に世界の一流メーカーでは研究がどのくらいなされているのか、研究結果の確信に基づいて設計・生産されているのかという類の質問を頻繁にした。彼らの回答をひとことで言えば一流メーカーでもほとんど科学的な研究はなされておらずいわゆる職人の経験を頼りに設計・生産されているとのことであった。つまり科学に基づいた最良設計(オプティミゼイション)はまったく出来てないに等しいということなので、これならヤマハは遅かれ早かれ世界一になれることを確信した。逆に言えば外国人から手っ取り早く教えてもらった技術からなるべく早く脱して独自の研究を進めていく投資をどのくらい行うかで世界一になれるかどうかが決まってくるということだ。

ちょうど今の時代は中国が外国人を大量に招聘して技術輸入を盛んに行っている。日本からも会社を定年退職(または定年前の早期退職)した人々を中心に大量のベテラン技術者が招かれている。日本とは異なる条件が少なくないとされる中国が今後、日本と同様な道をたどり高度成長を遂げていくかどうかは見守らねばなるまい。

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楽器
2008/07/24




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