栃木から帰ってこのたび亡くなった祖母は、正確には私の大叔母、つまり母親の母親の妹にあたる。
私の母親が、結婚したが子が生まれなかった大叔母の養子になり、続柄上は私の祖母となった。
施主(喪主)は、私の母親が務めた。
祖母は行年95歳、栃木に住む親族は先に次々と亡くなり、このたびの葬儀に参列した親族は我が家からの6人だけ。
近所の人が10人ほど参列してくれたがそれ以外に参列者はなく、質素なものだった。
亡くなった当日にお通夜、翌日に告別式だった。
本来こうあるべき日程なのだろうが、現代ではなかなか難しい。
色々と偶然が重なり、今回はそのようになった。
12月29日は友引で、葬儀ができないということもあり、ずれていたら年明けまで持ち越していた可能性もあった。
それにしても、亡くなって30時間後にはお骨になっているという現実…あっけないものだ。
葬儀屋さんはテキパキとこなしてくれていたが、遺族の感情にあまり左右されない、ああいう存在も必要なのだろう。
27日は、姫だけはかわいそうだがママさんの両親「じーたん」と「よっこさん」のもとに置いていき、ママさんと若と3人で栃木に向かった。
現地で私の両親と弟と合流し、3日間行動をともにした。
29日は、祖母が入っていた老人ホームや病院の精算や私物の引き取りなどをし、昼過ぎに浦和に帰ってきた。
いろいろありすぎた3日間で、家に着くころにはもうヘロヘロだった。
しかし、まだまだ落ち着けないのだった。
栃木に連れていかなかった、我が家の姫が帰ってくる。
姫はママさんの両親に浦和まで送ってきてもらった。
家に着いてママさんを見るなり「パパに会いたかったのー」と言い、続けて私に「濃厚ブチューしよう」と珍しく姫から言い出し、チュッチュした。
その後も姫は大興奮、パパ遊ぼう遊ぼうと言われ、幼児向け雑誌の付録を切り抜いて作らされたりした。
とにかく騒がしかったが、姫のいない3日間が逆に静かすぎて、「うるさいけど、まあしょうがないか」と思うのであった。
寝かしつけるとき、ママさんが「こんなにかわいいと、パパは骨抜きになっちゃうよ」と言った。
姫が「"ほねぬき"ってなに?」と聞くので、私が「イカみたいになっちゃうことだよ」と答えた。
姫は「いやだそんなの、今のままのパパがいい、今のままがいいのー!」と絶叫していた。
また、「じーたんのところにー、泊まりにーキター!」と、誰が教えたわけでもないのにあのモノマネをしながらひとしきり騒ぎ、「早く寝なさい!」とママさんに怒られながら寝たのだった。
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