現代を風刺する寓話小説―三崎亜記の短編小説集『バスジャック』(集英社文庫)

 津田広志さんのご本についての感想から少し離れ、以前、彼が教えてくれた作家:三崎亜記の短編小説について簡単に述べたい。

 津田氏がこの作家を紹介してくれたのは、長編『となり町戦争』が出版されて間もなくの頃、たぶん2005年の春先だったのではないかと思う。まだ話題になる前に、この本に着目していたのは、さすがというほかない。編集者の嗅覚が働いたのだろう。

 この長編を読み終えて、日常の中に忍び込む戦争というテーマの斬新さに気付くと同時に、ずいぶん昔に雑誌に書いた自分のエッセイで、同様のテーマを扱ったフィッツジェラルドの短編に触れたことを思い出した。これについては、後々、書いてみたいと思う。

 さて、ここで採り上げるのは、『バスジャック』という短編集のなかの冒頭の一作「二階扉をつけてください」。知らない間に、テクノロジーの発展からも、行政の特区制度からも置いてきぼりにされた哀れな男の話だ。読み終えたあとは、これは風刺的な現代の寓話だな・・・・物事を大げさにデフォルメするという風刺的手法がスパイスとなり、奇妙な読後感だが、なんとなくあらすじを綴ったシナリオみたいだ・・・と、いわゆる「星三つ」という感じがした。

 しかし、先日、15年以上も働き続けてくれていたトリニトロンブラウン管のテレビが壊れたので、致し方なく、液晶テレビに買い換える機会があり、この見かたが変わった。やむなく購入した液晶テレビを数年前に買ったハードディスク内臓のDVD録画機と繋げる配線に手間どり、UHFと地デジのライン分岐、「分配器」と「分波器」の違いなど普段考えていなかったテクノロジーの世界に翻弄される間に、あの小説=「二階扉・・・」が頭を過ぎったのである。

 その時、困惑と動揺を覚えつつも混沌とした時代の流れに従うほか無いという主人公の気分が「リアル」に感じられた。もちろん、これと同時に、一方的に展開されている地デジへの移行について、ひどく「納得できない」気分にもなった。(よいことずくめのように宣伝される地上デジタル放送だが、実は、地上波の民放が一局しか映らなくなる地域(徳島)が出てくるなど、極端な情報格差が生まれる問題が解決されていない。)

 風刺的文学の戦略である寓話的手法は、しばしば政治的に抑圧された世界において唯一許された抵抗のスタイルである。そして、寓話がただの寓話ではなく、「リアル」に感じられるとき、私たちを取り巻く世界は、息苦しい抑圧的な世界になりつつあるのかもしれない。「二階扉をつけてください」は、そんなことを考えさせてくれる短編である。したがって、今は、いわゆる「星五つ」の評価である。

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書籍・雑誌
2009/04/27




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