新刊書『リ・クリエイティブ表現術 発想~チューニング~書き方』のご案内(3)

  前回はうがった見かたを推し進め、クリステヴァかユングか・・・・この本の著者の頭骨の柔らかい脳髄の闇の奥を勝手気ままに詮索し、そのニューロンの触手をあたかも、机上の空中戦のごとくに描写してしまったが、おそらくは、もう少し包括的なアートの論理に立脚した発想が根底にあるような気がしてきた。そうしたアートに関する包括的な捉え方として想い起こされるのが、ハーバート・リードである。ここでまたまたうがった見かたを掲げておきたい。

 ハーバート・リードの『芸術による教育』の新訳出版については、フィルムアート社の記念碑的な学術貢献事業といっても過言ではないが、この編集については津田氏もかなり深く関わったと思う。そういう意味では、リードの考え方を彼は知っており、(現代思想の観点から『芸術による教育』を批判的に読んでいたとしても、) リードが展開した創作原理については、興味を覚えたに違いない。おそらく、このたび上梓された『リ・クリエイティブ表現術 発想~チューニング~書き方』は、リードを踏まえた「表現術」なのではあるまいか。それは、臨床的な世界観を踏まえたいろいろな流派の思想のどれかに強く影響を受けたというよりも、より包括的な心の世界と表現のかかわりを見据えた批評性を根拠に、表現論を展開したということと、ほぼ同じ意味なのかもしれない。「トラウマを大切に」といった発想法にそれが滲み出ている。

 そのうえで、やはり、この本は編集者の思想が露骨に表れた、刺激的な表現論であると思う。

 「イメージをなくす方法」(106-107頁)というくだりが、私には編集者の視点だと思えた。写真家の岡田敦の『I am』の対象への迫り方が、傷ついた者への陳腐な共感論を超えた地平にあることを指摘した後に、津田は感情に彩られた常識を超えることを提唱している。

 「悲しいものを悲しく見る、それは常識です。かわいそうなものはかわいそうだという目も常識です。反対に、表現とは負からエネルギーを借りて途方もない別のものに変えてしまう。もし私たちが、負の感情を感じたら、それを放置しておくのは苦しいだけです。自己反省をするよりも、表現し、世界を再構築していくこ

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書籍・雑誌
2009/03/15




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