新刊書『リ・クリエイティブ表現術 発想~チューニング~書き方』のご案内(2)編集者の思想
新刊書『リ・クリエイティブ表現術 発想~チューニング~書き方』(新水社・2009年3月1日出版・13桁ISBN 978-4-88385-115-7)がとりわけ興味を惹く点は、アートや映画などの芸術、それにセルフ・エデュケーションといった広義の教育までをも自らの戦地と看做した百戦錬磨の軍師自身が、ただ一騎で、現代の戦線拡大した戦場を駆け抜けようとする志の高さ、その無謀ともいえる企画にある。
いままでも名編集者が小説家や詩人やエッセイストに転身したり、兼業を続ける例は無数にある。アート系の編集者が批評家に転身する例もある。しかし、それは人伝に聞いた噂の類だったり、文学史に残る大きな話だったりで、あまりリアリティーが無い。
その点、津田さんは、間近にお姿を拝見しただけでなく、私自身、編集という一種の教育、一種のブートキャンプ式特訓を受けた者の一人として、親近感を覚えざるを得ないリアルな人間だ。
冒頭のグダグタはこのくらいにして、この本から、露骨に表れた編集者の魂を摘出してみよう。(いわゆる「書評」を行なわない理由は、まだ一冊すべてを読み上げていないということもあるが、そのような関心―つまり、編集者によって書かれたということ―から「部分」を拾い上げたほうが、本書の性格がよく伝わるように思えるからである。)
一番、編集者らしいくだりは、彼の「個性」観が剥き出しに表れた98~99頁「私らしくとは?」という項目のなかの一部分である。
津田は言う。
「・・・[前略]「私らしくある」とは「私らしくないもの」に含まれている可能性が考えられるのです。あまり認めたくはないが、「私らしくないもの」をあげていくとどうなるでしょうか。たとえば、自分は優しくはない。破壊が好き。私はガンコだったとします。それをもっと感じてみる。」
メビウスの輪やウロボロスの図を想起させる謎賭けのような言葉だ。個というものが分割されない最小単位の「個」性であり、その集合体としての目くるめくような多種多様な組み合わせが魅力的な社会を創り上げるというような、理路整然とした楽観論とは地平を異にするカオスの世界の個性論・・・そんな感じだ。
なんだか、一時期全盛だったジュリア・クリステヴァのアブジェクシオンという考え方に近い気がする。認めたくない自分の出自と、その自分を産み落とした母なる存在の根源的奇跡と現象的通俗性。
自
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