【経営】指導者研究『鈴木清一』(その7)〜今問い直す本物の経営とは?

 鈴木清一さんの『祈りの経営』とは大変厳しい『献身』がなければ、本当ではないことがお分かりいたたけただろう。

 この見返りを求めない『献身』を理解しないと信仰から来る喜びや感謝の気持ちも真に分かったことにはならない。

 それでは鈴木清一さんが『祈りの経営』によって追求しようとした『本物の経営』とは一体なんだったのだろうか?

 ここで少し視点を変えてそもそも『経営』というものの本来の意味を少し考えてみよう。

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 皆さん、国語辞典で『経営』という言葉をひいてみたことがあるだろうか?

 普通、企業経営やマネジメント、管理としての意味が一番に出てくると思うのだが意外に違う。

 まず最初に出てくるのが(1)土地を測量し、土台を据え、目標を定めて建築すること、とある。

 二つ目が(2)方針を定め、組織を整えて、目的を達成するよう持続的に事を行うこと。

 この(2)の意味が企業に使われて初めて、会社事業を営むという意味が出てきたということである。

 もともと『経営』の『経』の文字は『お経』の経、東経何度・西経何度というときに使う、縦糸という意味だ。

 何千年たとうが変わらない真理のことを『経』というのだ。

 このことは四国八十八ヶ所一番札所霊山寺の芳村超然住職も『雪のお遍路さん(試作版)』の中で詳しく触れられているので、是非ともご覧頂きたい。

 一方『経営』の『営』という字は、現実の私たちの生活、営みを指す。時には泥々したシガラミや利害対立など理屈だけではなんともならない世界での営みを意味する。

 つまり、本来の意味の経営とは仰いで天の意思に反することなく理想を目指しつつ、一方でどろどろした現実を踏まえた人間の営みのことである。

 歴史的に見ても、西洋では経営の始まりを16世紀の東インド会社とするが、我が国では異なる。

 古くは古事記や日本書紀の世界まで遡る。高天ヶ原という天の国にいた、天照

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指導者研究
2008/03/08




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