たまには情報を絶って静かになりたいものだ。

昨日年配の美術をやっておられるご婦人と話をしていて、私はアートの目的は精神や魂の浄化、昇華で、宗教ともダブル面があるが、今の若い人は何を目標にアートをやっているのかなといったところ、精神なんて意識してるというよりそんなものウザイと思っているんじゃないですかというので絶句しました。常日頃若い人との接触の無い私には今の若い人がどんな事考えているのか若いアーチストがどんなにアートを思って制作しているのか皆目分りません。4,50年前からアメリカのポップ、オップアートなどの現代アートが世界に殴りこみをかけ話題になってその後の10年は現代アートの主導権を握ったかにおもえるほど話題を提供しました。私などもほんの短い間ジャスパー.ジョーンズやアーネスト.トローバーに魅力を感じたこともありました。しかし世間の話題とは裏腹にアメリカ現代アートに根無し草を感じアートというよりアメリカという風土の風俗や流行を生む源にはなっても現在それらを振り返って心を豊かにするのではなく寒々とするのです。あの現象はアメリカン.カルチャーを世界に押し出すナショナリズムの演出ではなかったのかとも思います。敗戦後のインテリがアメリカの民主主義の幇間持ちや左翼の支持者が圧倒的に多く敗戦の1945年8月15日を境に180度宗旨を変え変身し生き延びました。多くの美術評論家がアメリカ現代アートに解説をし賞賛した。私には当時からアメリカ現代アートの超大作の破壊力が西洋などの伝統の美を無力化したと感じた。アメリカが資本の力と軍事力で世界に君臨し欠けているのは後は文化、アメリカ現代アートはその線に乗っ取ったナショナリズムではなかったかと思うのです。戦後メデアの影響力は凄いものがあります。新しい思想なり現象をメデアと資本力で世界的にすることはいとも簡単に出来るようになったというよりアメリカの常套手段となった。西洋や日本でもアメリカ現代アートの影響は甚大だった。私には美術には現代という時代的なものと時代を超えた永遠性の両方が必要と思っています。しかしアメリカ現代アートには永遠性を裏付けるものは見当たりません。今フェルメールやダ.ヴィンチの展覧会は長蛇の列が並びます。現代文明が無くしたものを求めて彼らの作品の中に永遠性を発見し安心と満足を得ているのではないでしょうか。この長蛇の列は単なるメデアによる宣伝の力なのだとしたらちと淋しいですが。いずれにせよ何か本物を目にしたいという欲求はこのくだらないものの氾濫のなかで当然起こってくるでしょう。科学技術の発達で地球上の情報の量と伝播力の速度は今や凄いものがありますが、生物としての人間のテンポというものはこんな速さは必要でないばかりか有害であります。情報の量と速度、これに人間は耐えられないのではないか、これと併行して経済、産業、金融、学問

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2009/07/02




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