宝くじ

今回はおそらく当たるであろうと、きっと当たるはずだと確信にも似た感覚を持って、宝くじを買った。

家内に『 今日は絶対買うから、今日こそは忘れないでね 』
と朝、家を出る仕度をはじめる頃から執拗にそう言った。

『理由は訊かないで』、『言わないけど』、『今までは言っちゃったから当たらなかったんだよ。』

これは、察しのとおり《 夢見 》のことだ。

かなり前、十数年も前のことか、あまり年数は関係ないのだけれど、
宝くじを買うと袋ではなく、三つ折の包装紙に挟んで渡された時だ。(たぶんバラ買いの時)
その包み紙に当選者のエピソードが綴られていたことがあり、この時に読んだ《 夢見 》の話が忘れることができない。引っかかる。
その《 夢見 》を信じ、というか標というか、宝くじ購入の最大の決め手と考えている。

その話の当選者は、『 富士山 』のくっきりとした夢を見たその日に、宝くじを購入し、
1等、一千万円を当てましたという内容だった。
さらに、一富士、二鷹、三なすびという良しとされている《 夢見 》が、幸運をもたらすよ、というものだった。

そして僕の見た夢である。

頂を白く染めた『 富士山 』が裾野まで、かなりくっきりと、・・・でもないか、
それでも見紛うことなく『日本一の富士の山』である。
そこに、その青い空の風景に『二鷹』どころか、一羽の丹頂鶴が飛来してきたのだ。!!!!!
こんな夢、脳みそにどんな細工をしたって、めったに見られるものではないはずだ。
あまりにもお目出度いその夢が、宝くじの当選を予期せずして、何だというのだ。

そんな思いを胸に、僕と家内は(ではなく僕は家内と)フラフラと休日の街に出た。

「宝くじ、宝くじ」と思ってはいても、過去にやはり《 夢見 》で、うっすら現われた『 富士山 』程度で当選がなかったことや、
また、くじはやはり運ものだとおもっているので、わざわざ「よく当たる!」とか「1等出ました!」という看板の店にまで行って買うという主義でもなく、
フラフラした流れの中で宝くじ売場があって、買えれば良し、なのだ。

そして、横浜、川崎と回り、最後、家に近い大井町に着いた夕方、家内言われるまで忘れていた宝くじ購入を果たすことができた。
スクラッチ10枚と東京都バラ10枚の都合四千円分を購入。

『連番じゃなくて、イイのぉ?』
と家内は言う。
前後賞合わせ1億円だからだ。
『ああ、いいんだ。』
僕は金額ではなく、高額を当てたいのと、

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心と体
2007/05/15




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