黄色い・・・プレーンオムレツ

今朝、フライパンを振りながらその黄色い卵の揺れる姿で思い出した。

今では宅配ピザもスパゲッティカルボナーラもベトナム生春巻き(ゴイクン)もそう珍しいものではなくなったけれど、昭和四十年下町に生まれ、育ったこの僕が、中学三年生のときに見たそれは、かなり衝撃的なものだった。

高校受験のために、中学三年の夏休みから家に近い町塾(学習塾)に入った。

そこには今まであまり感じたことのない、オーラを持った女性が居たのだ。
ちょっと品が良さそうな、飾らない育ちの良さを感じさせる風情、佇まい、

仮に「●野さん」としましょう。(下の名前が思い出せないのですが)
「●野さん」は一つ上の学年で、そのオーラとは関係なく(?)普通の都立高校へ通っていた(体育祭ではチアリーダーなんかをやっていたようですが)
(短大卒業後には就職、さらに独学で勉強の後、外資系国際線キャビンアテンダントに転職の噂を聞いたので、そのオーラの面目躍如といってところか、)

遅れること一年、ぼくは「●野さん」とは別の都立高校へ進んだ。
あこがれの先輩であった「●野さん」はその役まわりを演ずるがごとく、僕を可愛い後輩として、自宅に招いてお祝いをしてくれたのだ。
「●野さん」の家は都心のその土地でもまだ珍しかった頃のマンションで、驚いたのは、廊下を挟んで2部屋を所有していたことだ。

僕らはお母様の居ない別室で紅茶をすすりながら、「●野さん」の卒業アルバムを含むスナップ写真を見せてもらうという、テレビドラマのワンシーンのようなシッチュエーションで語らい、過ごしていた。
しかし、その後は、期待する流れではなく、緊張もあってか、お腹を冷やしてしまった僕は、部屋と扉一枚のトイレで用をたす羽目になる:泣
色気も何もあったモンではない。
僕は「●野さん」に心配されながら、お母様の居る本宅の部屋で、夕食をよばれた。
僕はそこで生まれて初めて食べる料理に出会ったのだ。

『 何にもないけどぉ 』
ママさんコーラスに参加しているであろうお母様の声と共にテーブルに並べられたのは、淡いレモンイエローのオムレツである。

(下町のおばぁちゃんこの僕の家では、『なんにもないけど』といって、大皿にその日のメインの肉料理:豚肉と野菜の炒め物のような、と、サブ:イワシの梅煮のような、と、煮物:ふきやら、里芋やらの煮っころがしのような、と、箸休め:たらことか、こぶの佃煮とか、と、当時30年来の糠床で漬けられたお新香:現在60年物、そして味噌汁が並べられていたが)
「●野さん」ちは各人のプレートにオムレツ

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グルメ・クッキング
2007/05/12




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