下館城をゆく

下館城には今は小さな八幡神社が建つ。

平将門が騒乱を起こした時、これを平定するため藤原秀郷(俵藤太)は上館、中館、下館の三館を築いた。中館(伊佐城)は南北朝争乱の際、伊達行朝が南朝のため籠城奮戦した史実で有名。上館(久下田城)は、戦国時代の勇将水谷蟠龍斎政村の居城として知られる。下館城は、室町時代の中頃文明十年(一四七八)水谷勝氏が築城した。水谷氏は以後次第に勢力を拡大したが、六代政村は下館を弟に譲り、自分は久下田城に移る。(現地「下館城の由来」より)

水戸線の下館駅で降り、真岡鐡道に乗り換える。久下田駅で降りると、東側にそれらしい森が見える。しかし、東側には出られそうもないので駅の西側に出る。

立札があり、見ると奉行からのお達しである。

告 不良徒輩に警告す 昨今、巷に薬物の売人・乱用者横行す。御禁制のシンナー・覚せい剤等薬物は、良心をむしばみ、やがて廃人となることこれ有り。御禁制品所持・乱用者は、厳罰をもって、処断するもの也り。短筒(けん銃)所持・発射する者、亦同じ。真岡地区奉行(真岡警察署長)

駅前には「二宮尊徳廻村の像」があり、説明書きを読む。また、昔ながらの郵便ポストがあったのでデジカメで撮った。

梅本菓子店で「蟠竜もなか」を買い、出発する。国道294号線を右に行き、久下田上交差点を右に折れる。真岡鐡道の跨線橋を下りて、さらに右折した。

久下田城の森に近づくと道は左右に分かれている。左に進んで行くと、右側は崖で水堀があり、さらに左側にも水が流れている。

しばらく行くと水堀に石橋が架けられていて、その先には石段が続いている。

橋を渡り上がっていくと、広場がある。ここが本丸に相当する場所であろう。稲荷神社があり、石碑が二つある。一つは「久下田城址の碑 近衛文麿題字」であり、もう一つは「久下田城址保存会」の碑であった。奥に進んでいくと、本丸の入口には久下田城絵図がある。往時はかなり大きな城であったようだ。

久下田城を後にして歩いたが、途中で方角がわからなくなった。「史跡 久下田城址 指定 茨城県教育委員会」の碑を見つけ、ここが県道216号線であることを認識した。

真岡鐡道の線路を渡り、右に折れる。芳全寺には、「とちぎ名木百選 芳全寺のしだれざくら」があった。桜の季節は過ぎたが、しだれざくらを逆光で撮る。それから奥に進み、「二宮町指定文化財 水谷蟠龍斉石塔」を撮った。このあたり、茨城県だったり栃木県だったりする。

国道294号線に出て、中館に向かう。国道をひたすら歩き、真岡鐡道ひぐち駅のあたりから線路を越え、左側に入っていく。この道は国道や県道ではないらしいのだ

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旅行・地域
2009/05/02




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