偕楽園をゆく偕楽園はやはり出城だったのかもしれない。
水戸駅で降り、北口に出て偕楽園を目指す。偕楽園は、水戸城の西側の弱点を補うための出城として造られたとも言われている。
駅前には水戸黄門助さん格さん像があった。また、手の形をした石像が印籠ではなく黄門さまゆかりの地の案内図を握っていてシャレている。「水戸藩開藩400年 水戸市」とのことである。
駅前から延びる国道50号線を歩いていくと、ビルの入口に像が建っている。見ると「会沢正志斎像」とあり、この辺りが、第九代藩主徳川斉昭やその子十五代将軍徳川慶喜の師でもあった会沢正志斎の屋敷跡と言われているとのこと。
信号を渡ると「黄門さんおしゃべりパーク」というのがあり、ここにも「水戸黄門さん像」がある。
さらに進むと歩道には木作りの花壇があり、草花が植えられていて彩が良い。花壇には「はなふるたうん 水戸泉町商店会」とあり、ネーミングも悪くない。
大工町交差点を左折すると、右側に「関東三雷神 別雷皇太神」とある。赤字で「雷除け」とあり、上がっていって手を合わせた。
好文亭表門通りに入る。表門を目指したが、途中で左に折れたら偕楽園御成門に出てしまった。フェンスに沿って歩き、表門を目指す。
好文亭表門に着くと、傍らのつつじは赤く、石標には「史蹟及名勝 常盤公園」とあった。門からは、土塁が続いている。
表門をくぐり一の木戸を進むと、左側は「孟宗竹むら」で筍が生えており、右側は杉林で下草の手入れもなされていた。下りて行き、吐玉泉を見る。泉石は常陸太田市真弓山の大理石で、現在のものは昭和六十二年に設置したものだとのこと。
さらに下りて庭園の橋を渡る。桜の季節を過ぎた庭園の木々は緑であり、それはそれで美しい。唯一と言って良い藤棚の紫のほかは一面緑であるが、木々によって緑の濃さに差があって、それがまた鮮やかである。
奥に進むと「向学立志」の像があった。しばらく忘れていた言葉である。その近くに復元された「暁鐘」があった。
杉木立を見上げると、その手前には堀がある。やはり出城であったのかもしれない。この季節、紅葉も緑である。
西門を一旦出て、再び入園する。庭園を歩きながら、偕楽園に無料で入れることを有り難く思う。梅桜橋のあたりには、菜の花も咲いていた。
南門をくぐり、左に進んで観梅碑を見て引き返す。右側に常磐線の線路を見て、左側に崖を見ながら進むと、子規の句碑があった。「崖急に 梅ことごとく斜なり」
少し上がって僊湖暮雪の碑を見る。傍らのつつじが前日の雨に濡れて赤い。
再び下りて進み、南崖の
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