宗教と苦闘~「宗教と社会」学会学術大会雑感~そう。わたしは、多少、ヘソが迂って付いている。みんながいいというものを余りよく思わなかったり、反対に、みなが批判するものを応援したくなる。
さて、今回に学会で、わたしは研究発表をし、そのほかに3本の個人研究の報告を聞いた。二日目は、共同研究の成果を発表するテーマ・セッション(この学会の売り物!!)の発表を2本聞いた。
午前中の発表は、米国のSGIに関するもので、用意は周到、練り上げられた3本の基調報告は形式も美しく整っていて、発表者の呼吸もぴったり。正に、完璧なプレゼンテーション。漏れ聞くに、ずいぶん「予行演習」をやったそうだ。実に楽しそうな発表であった。
しかし、それを聞いていて、ついつい、論理やプレゼンに破綻がないことが気になってしまうのは、勿論わたしの悪い癖だ。いくら順調に布教が進んでいる団体でも(でも、全米で11万人の信者はちょっと微妙な数字だが)、学問的に批判すべきところはあるはずだ。SGIは、フランスでは一時期カルト扱いされたと聞く。ならば、米国でも同じような批判はあるはずで、そのような迫害を伴いそうな他者からの批判に対して、会員たちはどう思っているのだろうか。そんなこんなの小さな疑問があった。信者の「生」の声の紹介はあったが、それに対する顕彰は余り成されていないようで、多分にできごとが数量化されて語られていたように感じた。
この団体については、興味はあるがほとんど知識がなかったので、一つ一つの事実や分析は大変興味深く、勉強にもなった。しかし、不思議に、胸に響くものがなかった。
午後の発表は民衆宗教のなかのジェンダー・バイアスを主の扱ったもので、発表者4名中3名が男で、その男がなにやら必死にフェミニズムについて語っているものだった。このセッションは、レジュメもなんだか中途半端で、
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