子供の誕生と死(昭和21年)
第五部 「生きるすべ」 満州で(昭和15年4月~21年6月)
5-4 終戦時の撫順
☆誕生と死と
昭和二十一年一月十四日、男の双子を産みました。
三男武勇・四男信義、私はいっぺんに四人の子の母親になりました。二人の子供を生んだ私は、その後わずか半月の間に、二人の子供を失うことになりました。
出産から五日目の一月十八日、次男礼儀の栄養失調がなおらず、死んでしまいました。そして、それから十日目の一月二十八日、生まれたばかりの信儀も死にました。
でも、ずっとお医者様にかけていたのです。病院には薬がなくなりかけていたそうですし、抑えられた生活の中では仕方がなかったことなのでしょう・・・。
気が狂ってしまうのではないかと、父母親類中がとても心配したそうです。こんなとき、気の狂うほど思い切って泣けたらどんなに私自身なぐさめられたかわかりませんが、涙など出ませんでした。
長男と三男がいます。それも、栄養失調で今にも命の危ない長男と、未熟児の三男と・・・。
この二人は、どんなことをしてでも元気にして、父親の元に連れて帰らなければと夢中で育てました。
今この二人は三十三才と二十九才になり、お嫁さんをもらって幸せに元気で暮らしていま
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