アンヌ・ド・ブルターニュ最近 渡辺一夫著作集を 第1巻より読み始めていますが、
第3巻の「胎児監理人」の話 という大変興味深い文章の中に、
アンヌ・ド・ブルターニュについて、次のような文章に出会いました。
「しかし、アンヌ王妃は、ルイ12世との間に男子相続人が生まれないことになった時、
自分の資産であるブルターニュ公領を、ヨーロッパのしかるべき王家の嫡男に譲ろうと思い、
当時 まだイスパニア王であった 後の神聖ローマ・ドイツ皇帝カール5世に眼をつけ、
これに娘クロード姫を嫁がせようとした。
近代国家の誕生前のこと、
所謂国境よりも、割拠した諸王侯の勢力圏のほうがはっきりしていた封建時代の
余韻が残っていることであったから、
国境を固め、国防に全力をあげている現代の国家意識では律し得ないようなことが
起こりえた。」
(「渡辺一夫著作集3」25㌻)
この文章を読んで、アンヌの心境は、どんなものだったのだろうか、と、
天涯孤独で薄幸なアンヌへの同情が、従来にも増して強く感じられたのです。
アンヌ・ド・ブルターニュは、
1477年に誕生して 1514年 に亡くなっています。
37才の誕生日まで あと約2週間 という 享年 36才の若さでした。
アンヌの両親は、アンヌが子供の時に没しています。
母のマルグリッドは、 1486年 アンヌが9才のときに亡くなっています。
父のブルターニュ公フランソワ2世は、1488年 アンヌが11才のときに、
3年間にわたって ルイ・ドルレアン(後の ルイ12世)と共に 戦った フランスとの戦いに敗れて
8月19日 ヴェルジュ条約を締結した 半月後 の 9月9日に、亡くなっています。
更に、妹のイザボーも、父が没してから2年後の 1490年に亡くなっています。
父 フランソワ2世 が締結させられた、ヴェルジュ条約には、
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