ディアスポラ(離散の民)について

前回の「ユダヤ人が、民族として存続した理由」において、

ギアリが、「ネイションという神話」で、「ユダヤ人は、ローマ人だった」、とか、「6世紀末から7世紀にユダヤ人が民族として成立した」と、記述していると、ご紹介しましたが、

「ちょっと違うのでは」と、お考えになる方がおられるのではないでしょうか。

                

    「ユダヤ人が、民族として存続した理由」

    http://hh05.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-b1b5.html

                          

ユダヤ人は、

メソポタミアからパレスティナに来て、その後モーゼが、エジプトよりカナンの地(パレスティナ)にユダヤ人を戻した後、1000年以上の間、パレスティナで定住してきました。

その間に、ユダヤ人のユダヤ教が形成され、民族の宗教となったのです。

          

多分、ギアリは、この点については、当然のこととして、

ローマ時代に、ユダヤ王国は滅亡し、ユダヤ人は、ローマ市民として吸収されていたのが、

西ローマが滅亡し、東ローマがビザンツ帝国に変容したことで、

改めて 現在につながるユダヤ人、いわゆるディアスポラのユダヤ人が成立した、

と、述べているのだろうと思います。

この点について少しお話しさせていただきたいと思います。

              

一般に、ユダヤ戦争で、

AD70年 ティトゥスが エルサレムを陥落させて、ユダヤが滅亡し、ユダヤ人が追放されたのが、亡国の民ユダヤ人のディアスポラ(離散)の始まり、と言われていますが、

これは、歴史によくある「もっともらしい作り話」の一つだと思います。

             

というのは、第1に、

ユダヤ王国は、AD70年の100年以上前のBC63年に、ポンペイウスが、エルサレムを陥落させて、滅亡しているのです。

その後、ヘロデ大王がユダヤ王に即位していますが、これはローマが擁立した傀儡政権でした。

BC4年 ヘロデ大王没後、3人の息子がユダヤ王国を分割して、太守(テトラルク Tetrarch

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2008/12/02




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