「ヨーロッパの二つの窓」

堀田善衛、加藤周一著

「ヨーロッパの二つの窓」(朝日新聞社)

堀田善衛さんと加藤周一さんのヨーロッパについての対談集。

加藤周一さんが、

20年以前の1985年段階で 「国民国家」と「ヨーロッパの地方(地域主義、民族主義)」について 私が分析したと同じレベルで考えておられたことに感心した。

加藤さんは 私みたいに翻訳ではなく フランス語や英語、ドイツ語などの本を読んでお考えになられたのだろうから尊敬している。

(逆に 語学の才能があって、ヨーロッパの本を 直接読んでいるからよく分かる ということか。)

但し、「歴史」は、「突然大きな変動がある」という感じで捉えているように思われるので この点は疑問に感じた。

たとえば、「国家」というのは19世紀に出てくるとおっしゃっているが、13世紀以来の歩みを無視ないし軽視しているのではないだろうか。

ヨーロッパの歴史は、一見大変動に見えても、「積み重ねられた歴史の課程」を経ていることに思い至らないのは 不思議である。

ヨーロッパにおられて、「ローマの遺跡」と「中世のゴシック建築」を、同時に眼前にしたら、「時代感覚」「時代の差」を感じなくなるのであろうか。私みたいに、遠い日本で本を読みながら 頭で考えるのではなく、直接現場を見て それに圧倒された結果なのであろうか。

勿論、「国民国家の形成」は、水面下どころか 私などでも分かる 明白な歩みであるので なおさら 訝しい感じがした。

堀田善衛さんは、あまり目立たなかった。

深く掘り下げた話ではなく、全般的なヨーロッパについての話となると スペインが専門の堀田さんより 全般的な加藤さんのほうが 目立ってしまうのであろう。

細かいことでは、

サント・シャペル(パリ)が、ルイ9世が ラテン皇帝ボードワンより購入したコンスタンティノープルの「キリストの茨の冠」(元々は東ローマの持ち物)を奉納するために建設されたことを お二人とも知らない感じだったので 意外だった。

堀田さんが、鋭くトルコ(ビザンチン)のにおいをサント・シャペルで嗅ぎ取っているのは、さすがと感心したが、それを受けて 加藤さんが薀蓄を披瀝されることを 期待したのだが、期待がはずれ残念だった。

難しい歴史の専門書を読むまでもなく、ミシュランなどのちょっとした案内書を読めば、必ず出ている話なので、本にするとき 何故校正しなかったのか不思議である。

フランス | ヨーロッパ中世史 | 読後感
2007/09/07




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