色即是空しきそくぜくう、くうそくぜしき。
色即(すなわち)ち是(これ)空、空即ち是色。
マイフェイバリットお経は般若心経であります。
その中の有名な一節なんですが。
実体は虚であり、虚は実体である。
ゼロはあるということでもあり、ないということでもある。
禅問答。
「ない」という概念は、
「ある」という概念があってこそ成り立つ。
よって、「ない」ということは「ある」ということ。
しかし、「ない」ということは「ない」そのものとも言える。
逆もまた然り。
「ある」という概念は、
「ない」という概念が(以下略)
全体としては
『まあ何に関しても執着すんなて。
変わらないもんなんてないんだしさ、
何だかんだ言ってもみんな一つなんだし。
みんなで一緒に手繋いで行こうじゃなかとね』
という最強解脱な内容ですけど。
執着を捨てるという事は、
「執着を捨てなければならない」
という執着すら捨てるという事。
忘却するという事は、
「忘れなければならない」
という意識さえ忘却すると言う事。
我欲にしろ、煩悩にしろ、
それを「持たない」という意志すら持たないことが
真の意味での智慧だとするなら、
それは果たして可能なんだろうか?
それらが本当に「ない」という人は存在するんだろうか?
こういうことをぽけーっと考えて、
時間がほわーと過ぎていました。
自分、まず義務果たせ義務。
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