ソロモンの指輪と考える葦ある研究者が、若い研究者向けに書いた海外留学での過ごし方についてのコラムで、「ソロモンの指輪」っていう言葉を使ってる。
「ソロモンの指輪」ってのは旧約聖書に出てくるんだけど、イスラエルのソロモン王が持っていたとされる、魔法の指輪。動物や植物の言葉を理解することができ、それらを従わせることができたという。
動物行動学者のローレンツが、書名に使ってることでも有名。
このコラムでは、「ソロモンの指輪」というのを、「自然に対する飽くなき探究心」という意味で使ってる。
研究者になるってのはホントに大変だ。
自分の無力さに打ちひしがれることもあるだろう。仕事の過酷さに嫌気がさすこともあるだろう。なかなか人に認められなくて、苛立つこともあるだろう。
でも、「ソロモンの指輪」さえはめていれば、大丈夫、というのが彼のメッセージ。
ソロモンの指輪をはめている人は、自然の声を聞くことができる。人を従わせることもできる。
そういうことらしい。
なるほど、と思った。確かに。結局研究者に一番必要なのは、それだ。
楽しく研究することが大事。ニコニコして、楽しく研究している人には、誰も何も言わない。不満を言いながら研究している人は先がない人だ。
それにしても研究者って、やっぱり特殊な生き方なのかもしれない。
僕は昔、自分の存在の無意味さに絶望的な気持ちになったことがある。
端的に言えば、「いつかは死ぬ」し、死んだあと、数十年も経てば僕のことを心にとどめている人もいなくなる、ってこと。
友人が、「数十億年後には、地球さえも膨張した太陽にのみ込まれて無くなる」ってことが、人々に絶望を生んでいる、というような話をしていた。
アンパンマンではないけど、「何のために生まれ、何のために生きるのか、答えられないなんて、そんなのは嫌だ」と思う。
人間てのがそもそも何で存在しているのか。結局、「心」があるってことは苦しみでしかないんじゃないか。
だけど、ほんとに存在自体が無意味に思える人間ができる、唯一の素晴らしいことが、「世界について考えること」なんじゃないかと思った。
パスカルっていう17世紀フランスの学者が、「パンセ」(思想)っていう本の中で、「考える葦」っていう話をしている。
人間は、むちゃくちゃでかい宇宙の中で、一瞬しか生きなくて、それはまるで「葦」みたいに弱々しい生き物、一箇所から動けないしすぐにへし折れてしまうような無力な存在。でも、人間は「考える」ことができる。宇宙のことを考えるこ
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