『ケータイ小説的。』[ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち]
『ケータイ小説的。 “再ヤンキー化”時代の少女たち』
著/速水健朗
原書房
著者の前著『自分探しが止まらない』は、フリーターから
海外ボランティア、あいのり、中田英寿、高橋歩、路上詩人まで、
“自分探し”にのめり込む若者たちを描いてみせた好著だったが、
(以来、本屋にならんでる本のほとんどが自己啓発本に見える)
豊富な事例ゆえに、なんでもかんでも“自分探し”のように
テーマがぼやけてしまった感もあった。
豊富なサブカル知識を駆使した語り口が、
速水さんの本のおもしろさだと思うのだが、
今回は“ケータイ小説”をテーマに、それがピタリとはまっている。
ケータイ小説に見る浜崎あゆみの影響、『NANA』、紡木たく、
ヤンキー文化の復権へと展開していく分析は非常にうまい。
私は『渚のシンドバット』の浜崎あゆみの演技が結構好きで、
場合によってはいい女優になったのに、と思っている。
最近、彼女が『ツインズ教師』でレイプされる少女の役を演じていたことを知って、
たしか『未成年』でも家庭教師によって妊娠してしまう役だったよなー、
浜崎ってB級アイドル時代はそんな役ばっかりだったのね、と思ったのだが、
それが「あゆの擬似レイプ体験とトラウマ語り」として、
すっきり説明されていたのは、わが意を得たりといった感じ。
また、矢沢あいの初期作品が(特に絵が)紡木たくによく似ていたのは
私も覚えているが(というか、あの頃、『別マ』とか『りぼん』って
紡木たくの亜流があふれていた)、それをヤンキー文化の潮流として
浜崎あゆみから遡ってみせるところがおもしろい。
ここらへんまでは、ケータイ小説を1冊も読了していない私でも
読み解けるかもしれないが
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