大人になるとは

物事を相対化する能力と、客観視する能力を付けることではないかと思います。

世に絶対的な善も悪も存在しません。正義のヒーローも極悪非道な悪魔も居ないということです。勿論、自分にとっての相対的な善人や悪人は存在します。しかし、それはあくまでも自分との関係中だけのものであって、たとえ同じように感じる人が圧倒的多数派であっても、絶対的な評価ではありません。これが理解できるかどうか。

子供の頃の世界は余りにも大きく、理解しがたいものです。学校へ進み、少しずつ世界を知るようになります。そんな中で、色々な見方、色々な意見に出会い、客観的なものの見方というものを学んでいきます。学べるかどうか。

ところが、です。会社を始めとする「オトナのムラ」に入ると、「もっと大人になれ」という声が聞こえてきます。不合理なことやなんやかや、それらを受け入れろ、ということです。ムラのオキテに従え、ということです。確かに一理有る場合もあります。大人になりきれず、ただ単に正義を振りかざす困ったちゃんもいます。けれども、多くの場合、反発する側に理があることも多いのです。それが噴出して膿が暴きだされたのが、最近の偽装事件等ですね。ムラのオキテに従って偽装していたものの、それは間違っているのではないか、「大人になる」ということとは違うのではないか、という結果が内部告発として出てきているのでしょう。

線を引くのは難しいですね。絶対的な神を抱くわけではなく、八百万の神の下、「ムラ」社会で生きてきたのですから、判断基準も絶対的ではないわけです。しかも、神との契約の中でこの確立が求められる世界と違い、寄りかかりあいながら生きていくこの社会。「お天道様が見ている」とは、神が見ているわけではなく「世間の目が見ている」ということですし。

ポイントは、「ムラ」の境界を大きくすることでは無いでしょうか。会社というムラではなく、地域とか国全体とか世界とかに広げる。そうやって、「ムラのオキテ」が広い視野で、客観的に判断する。視野を広げろ、想像力を働かせろ、ですね。

日記・コラム・つぶやき
2007/10/31




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