第30話 映画『デジャヴ』とザウルス

『デジャヴ』を観た。何かをする時に、ふとためらったり、根拠はないが、危険だと感じることがある。映画はその根拠やためらいの原因に、デジャヴ(=既視感)を設定している。簡単に言うならば、記憶にはないが、忘却の彼方にはちゃんと経験的な根拠があって、そこから微弱な危険信号が送られているというわけだ。

人が、どんな経験も体験も覚えておくことができるならば、失敗のない人生が送れるに違いない。だが、忘却もまた、人を支える大切な能力のような気がする。「記憶」と「忘却」という二つの能力のはざまに立つと、人は「信念」という都合の良い解釈をしがちである。つまり、都合の良いことは「記憶」し、都合の悪いことは「忘却」するようになるということだ。だが、忘却したくなるようなことこそ、将来の自分に危険信号を送ってくれるシグナルとなることが多い。

ザウルスのメモには、覚えておきたいことを残しがちだが、忘却したいことこそメモに残すべきだ。映画『デジャヴ』でも、過去からのメモが大きな鍵を握っていた。ザウルスのメモ帳に、未来の自分に向けて、シグナルを残すことで、確かなデジャヴとなる。

ザウルスで家事
2007/03/19




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