◆アールデコ

アールヌーヴォーが下降線を辿るのと相反するように台頭し、ヨーロッパ、アメリカを風摩した美術様式。アール .デコラティフ(装飾美術)の略語で1925年様式、機能芸術とも言う。最盛期は「アールデコ博」と呼ばれた1925年の現在装飾美術産業美術国際博覧会を中心とした1920~1930年頃。

アールデコは、ややもすると華美、または過度に具象化した表現技法に走りすぎたアールヌーヴォーに反作用するが如く、対照的な美術様式を持つ。機械化文明を反映した幾何学的、直線的なデザインをもち、シンプルな装飾で作品を表現した。また、ガレに代表されるような作者の情感や精神世界を訴える装飾技法を排し、知的でガラスの透明感や明るい質感を生かした彫刻感が強いのも特徴である。アールデコ期においてもガラス工芸は建築、彫刻、家具、服飾、カトラリーなどと並び中心的存在で、美術乍品としての位置付けを認知され続けた。

アールデコのガラス工芸は、ルネ.ラリックを中心に展開される。アールヌーヴォー初期に宝飾作家として活躍したラリックはガラス工芸に転身、彫刻美術品とも言うべき作品を数多く創り上げた。また型吹きやプレス成型による量産体制を確立し、現在ガラス産業の先鞭を担う。更に香水瓶、置物、カーマスコット、室内外のモニュメントなど、ガラスの活用領域を新たな分野に広めた。近代ガラス工芸に与えた影響面では、様式の違いはあれどアールヌーヴォーのエミール.ガレと並び双壁である。
他方、アールヌーヴォーの拠点となったナンシーでは、ドーム兄弟の跡を継いだオーギュスト .ドームが次第に旧様式からアールデコに即した作品製作に転換、引き続き国際的に高い評価を得た。またドーム工房から独立したシュネデール兄弟はナンシーからパリ近郊に工場を構え活躍する。それに対しエミール.ガレを失ったガレ工房は、しばらくは事業的に成功を収めるが遂にガレ様式の作品から脱却出来ず、1931年に世界恐慌のあおりを受け、遂には工場閉鎖となってしまう。
ナンシー派以外では画家から転身、 1925年の博覧会で高評価を受け大成功を収めたモーリス.マリノ、同じく画家出身にてエナメル彩で才能を発揮したマルセル.グッピーと門下のオーギュスト.ハイリゲンシュタイン。また、個人作家としてロブマイヤーにデザインを提供し続けたヨーゼフ.ホフマン、アドルフ.ロース。バカラとデザイナー契約を結んだジョルジュ.シュバリエなどがいる。

アールデコ期の技巧的特徴としては、アール .ヌーヴォーから引き続いて高い人気を保ったパート.ド.ヴェールが揚げられる。この製法は複製生産にも向いており、鋳型を使ったもの、押し型法など様々な成型法が用いられた。また、機械によって作り出した圧縮空気による型吹き成型やサンド.ブラスト

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Ⅴ.ガラス 様式解説
2007/04/29




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