◆アールヌーヴォー

アールヌーヴォーとは 1890~1910年代にかけてフランスを中心に展開され、欧米で流行した新しい装飾芸術活動のことである。最盛期は1895~1905年間(イギリスではモダン.スタイル、イタリアではステイル.リバテイ、ドイツやボヘミア、オーストリアではユーゲントシュテイールと呼ばれる)。1889年のパリ万国博覧会で導火線に火がつき、間もなく爆発的に流行する。1900年の同博覧会では「アールヌーヴォーの勝利」とまで謳われ全盛期を迎え、一世を風摩した。
予兆は 1870年頃のアート&クラフト運動から始まる。これは機械化時代の到来に際して品質や趣味の悪化が工芸作品の分野に及ぶ事を危倶した運動で、中世以来の手作業の重要性を唱えながらも機械化の長所も取り入れ、芸術の大衆化を図った運動であった。また1880年代後半からは象徴主義、世紀末芸術の動向が活発化する。これらの芸術新潮がアールヌーヴォーへとつながっていった。

アールヌーヴォーの意義は、文字通り「新しい芸術」として、過去の伝統、しがらみがもたらす様式の混乱から脱却して、時代や地域の形式に捕われない新しい価値観を模索、確立することにあった。簡単に言うと決まり事を排除し、全ての表現方法や様式を複合したものから新しい創作を生み出そうとしたのである。
従ってルネサンス、バロック、ロココはもとより、イスラム、ケルト、中国、そして日本といった様々な国の様々な時代の影響を受け、芸術の無国籍状態の中から次時代への新しい道筋を切り開いた。特に日本は1867年のパリで初めて万国博覧会に参加するが、その際に浮世絵、陶器、蒔絵などの日本美術がヨーロッパ芸術家に与えた影響(ジャポニズム)は計り知れない。
そしてこの時代、建築、絵画や陶器、インテリアと共にガラス工芸もその重要な一翼を担う。それまで装飾品や実用品の域を脱却し得なかったガラス工芸が、アールヌーヴォー期において「芸術作品」として昇華したことはガラス工芸史の観点から見ても非常に歴史的意義のあることであった。また、時代、地或といった様式ではなく、作家や工房の個々によって形態と装飾を打ち出し始めた先駆けでもある。

アールヌーヴォー期のガラス工芸は巨匠エミール .ガレを中心とするナンシー派によって先導される。ナンシー派とは同地の美術家たちによって結成された芸術家連盟のことであり、公式な結成は1901年であるが、アールヌーウォー初期から活動していた。フランス東部、アルザス.ロレーヌ地方のナンシー村はドイツとの国境近くにあり、侵略、割譲されるなど政治的に不安定な地域であった。その為かパリに対して強い独立志向があり、自治運動も盛んであった。
そしてこの時代、ナンシーの作家たちが創り出す作品は質、量共に一際抜きんでた

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Ⅴ.ガラス 様式解説
2007/04/29




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