◆ガラス工房解説 9 【Rene Lalique】

Rene Lalique

言う迄も無く、アールデコのみならず近代を代表するガラス工芸界の巨匠。ラリックについては研究書としても幾百の出版物が出され、簡単に解説を加えることは難しい。従って彼の極々簡単な履歴と、ガラス作家としての功績を辿ってみる事にする。

1860年 4月6日、パリの東に約120km、シャンパーニュ地方のマルヌ県アイにて生誕。
1876年 父親死去。16歳で宝飾技師ルイ.オーコックの元で働く。
1878年 ロンドンに渡り、2年間美術学校でデザインを学ぶ。
1880年 パリに帰国。二年間、宝飾デザイナーとして働く。
1882年 宝飾デザイナーとして独立、各杜にデザインを提供し活躍。
1886年 宝飾工房を買い取り、自ら実作を始める。
1889年 パリ万国博覧会に出展。(29歳)
1890年 宝飾部品として、鋳造ガラスを手掛けはじめる。
1898年 パリ郊外にガラス工房を設ける。
1900年 パリ万国博覧会に出展。その後も数々の博覧会出展や製作依頼が続く。(40歳)

ラリックはアールヌーヴォー期には宝飾デザイナーとして活躍した。1889年のパリ万国博覧会に出展し注目を浴び、その後数々の展覧会やサロンで名声を高める。1900年のパリ万国博覧会では100点以上の作品を出展し、賞賛の中で宝飾作家としての地位を不動のものとする。この頃の作品はやはりアールヌーヴォーらしく、今までの既成概念を打ち破った材質や細工を用いていた。また、彼がこの時期までに培ったデザインの技法、ガラスの製法技術は、後のガラス作家への転身の際に大きく役立つ事になる。

1908年 香水商フランソワ.コティとの共同関係が始まる。
1909年 パリ南東コーム.ド.ウィルにてガラス工場を構え、ガラス製品の生産に入る。
1911年 ガラス作品への比重が増えていく。
1912年 ガラス作品のみの展覧会を自営店で開催、この後宝飾作品の製作を放棄する。
1914年 第一次対戦勃発。同年から1918年までガラス製作を休止。


1907年、ラリックの後半生の運命を決定づける、香水商フランソワ.コティとの出会いがあった。コティはラリックに香水瓶のパッケージデザインを依頼、これを期に本格的にガラス製作に入り込む事になる。今までの一点ものの宝飾

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Ⅳ.ガラス 工房解説
2007/03/07




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