赤札仁王尊よ永遠に~~(^人^)感謝♪縁あって、ここ2、3年、山の手線田端駅から歩いて7分の
田端二丁目へよく行きます。
上野の不忍池の弁天様から、谷中を巡って、
七福神の「福禄寿」が祭られている東覚寺と、八幡神社が並んでいます。
山地谷地といった地形と、鎌倉・室町時代からの歴史に重なって、
お正月15日辺りの七福神めぐりなど、江戸の庶民文化が基調となった、
生業と絡むしっかりとした地縁、コミュニティが感じられます。
「250年間住んでいます」という方も結構いらっしゃって、
机上で無機的に線引きされた都市計画道路と通そうと頑張っても、
そう易々と出来るところではありません。
つくづくと、「実際、民主主義が熟す頃、地域に馴染ませながら、
この道路は引かれるはず」と、祈りながら、計画者は線を引いたに違いないと。
そうでなければ、山門の前に、堂々と、長年、地域の人々を
病や災いから守ってきた「赤札仁王尊」を真っ二つにするような線は、
引きはすまいと。。。。。
医学が無かった頃どころか、赤ひげ先生もいなかった頃、
病は気からと、草鞋を履いて遥々と旅して、
赤札を仁王尊に付けて、不老長寿を願う~~~延々と続く人々。。。
恩師のクリスに写真を見せて話したら、
「これは、今の人々にも大変重要だ。私にも必要だな」と。
そう、生きている私達にとって、在り続けている<strong>ここに</strong>必要。
博物館に入れられる重要文化財という宝という意味ではなくて。。。
都の事業計画が遅々とも着々と進んで、
戦災でもろくなった石造の仁王尊
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