近況〜。これまた気がつけば一ヶ月近く更新してませんでしたねぇ。
どうもすいません、もしかしたら居てくださるリピーターの方々。
え〜と、この一ヶ月であったこと・・・。
近所のホールに佐渡裕がショスタコーヴィチの5番を振りに来たので聴きに行った。興奮した〜。曲の解釈は師匠のバーンスタインより俺好みだった。
ラフマニノフの2番にも圧倒された。ブラボー親父嫌いの俺も叫びそうになった。満足〜。
三国伝のポスターやらパッケージやらカラーボードやらを短期間で描きまくった。
短期間でやったことで絵にも勢いが出て、良い感じに仕上がった気はするけど、まぁそれは見て下さる方々の判断することなので評価待ちかな。
全力は尽くしたつもりですけど。
でもって、そういったものがネットに流出したりね。はは。
こういった情報の流出で得をする人は、流出させたり流布させる人々でしかないわけですわ。「俺しか知らないネタをバラす快感」を得ているわけですから。
そのネタを作ったのは本人ではないわけですからいい気なモンですが。
これによってユーザーは「予測の付かない未来にワクワクドキドキする権利」を剥奪されるわけです。
同時に企画者やメーカーのサプライズギミックもぶち壊しですわ。
例えるなら、12月の大切な夜に子供を喜ばせるために地道な事前調査で欲しいものを調べ上げて、競争率の高い人気商品を足を棒にして手に入れ、当日まで家庭内どころか一族にまで箝口令を引き、子供がアッと言う演出を隅から隅まで徹底した両親が本番当日、これまで一部始終を見ていた近所の住人に
「まぁ、いいわね○○ちゃん、今日はおとーさんが赤い服着たヒゲ親父の格好して××をプレゼントしてくれるのよ」
とニコニコしながらバラされるようなもんですよ。
場合によっては情報が流出した事によって、あらかじめ計画されていた盤石な企画が変更を余儀なくされる事もありますから、結局作品を取り巻くメーカーにとってもユーザーにとっても不幸な結果になることは必至です。
無論、情報管理に対する企業姿勢は問題視されるべきですが、それを受け取る側にも慎重な姿勢は必要でしょう。
「新しい情報」であれば、それは良いものである、というのは一理あるのですが、それが不正なものであるということが明白な場合には、それを毅然とした態度で拒絶すべきです。
そういった「情報」は歓迎すべきものではなく、憎むべきもののはずなんですよ。
何故ならば、その「情報」に浮かれ、騒いでいる人はそれ以上のものを剥奪されているからです。
そ
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