蔵出し原稿 プロレス観戦記 2005.02.05

ジャイアント馬場 七回忌追善興行
2005年2月5日 日本武道館

1999年1月31日、日本プロレス界の巨星、ジャイアント馬場さんが亡くなった。死の1ヶ月前までリングに立っていたので突然の訃報に呆然としたのを今でも覚えている。CDで「王者の魂」を聴くたび(「J」でも同じだが)もうこの曲が本来の目的でかかることはないのだと思うと胸が締めつけられるのである。それほど馬場さんは私の心の中で大きな存在であった。時は流れ、6年後の2005年、最盛期の全日本プロレスの首都圏常打ち会場であった日本武道館で、七回忌追善興行が行われる事になった。故人を偲ぶ会的なプロレス興行になりそうだが、馬場さんファンとしては見に行かないわけには行かない。個人的ひいきの渕正信がメインに出るのも決め手となった。

往時の全日本プロレスの武道館大会はやれば超満員でチケットの入手も難しかったのだが、いまはプロレスブームそのものが下火になっていることもあって、全日本プロレスも通常興行では採算的に厳しいのか日本武道館を使わなくなった。休みが取れるかどうか危うかったので、前売りチケットは手配しなかったが、当日券ねらいで開場の一時間前に武道館へ向かった。地下鉄を九段下で降りて、お濠ぞいを歩いて門をくぐると武道館が現れる。今回のカードはそんなにすごいカードが組まれているわけでもないので、当日券でも1階の4列目をゲットできた。会場までは北の丸公園でまったりと過ごす。食堂のカレーライスは700円のわりに美味しくはなかった。

西日を浴びながら枯れ芝生の上に寝転んで過ごし、16時に開場。1階からアリーナを望むといつもの全日本のリングが見える。スポーツ興行らしい非日常の空間だ。何度来てもこの会場は好きだ。本を読みながら17時の試合開始を待つ。客の入りはアリーナはほぼ満員、1階席は8割方、2階席は5割方の入り。ファンそれぞれの馬場さんへの思いが死後6年経った今もこの開場を埋める。

5時過ぎ、場内が暗転され、数箇所に設置された大型ビジョンから馬場さんの生前の名勝負の映像が流れる。なんてものを見せてくれるのだ。思わずシンミリしてしまう。

そのあと車椅子に坐ったハヤブサ選手が花道奥で、いつまでも~ジャイアント馬場さんへ~の熱唱。そして、いつもの武道館興行のように木原リングアナが本日のカードを読み上げ、そのあとカン、カン、カンとゴングが鳴らされ、テーマ曲が鳴る。最初に入場してきたのは相島勇人とGOEMONであった。

第1試合 平井伸和 土方隆司 対 相島勇人 GOEMON

重低音の響くテーマ曲で相島とGOEMONが入場。そのあと「セクシイダイナマイツ!」の叫びで始

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日記・コラム・つぶやき
2009/07/09




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